てぃーだブログ › 覆面母さん、今日も行く! › 2008年10月

好きな人

2008年10月31日

Posted by 茶トラン at 23:49Comments(0)TrackBack(0)本の話
今日から長女が大学受験のため、県外へ旅に出ている。

狭い我が家が広く感じる・・・そんな夜。

長女も無類の本好きで、お小遣いの全てを本と画材につぎ込んでいる。

(同人誌を描いている長女には、画材が命より大事らしい)

そんな長女の本棚は、やはり今時の娘だな~と思うような本もあり

・・・・・・・・というようなモノもあり・・・

私も絵に描いたようなヲタクですが(笑)また違うジャンルなので。


帰宅して、見たことがない本が転がっているのを見つけた。

長女が大好きでたくさん持っている、石田衣良のエッセイだった。

私は本があれば、ポルノでもなんでも読む人間なので、とりあえず自分では買わないだろうな、と思われるジャンルのものが転がっていれば必ず読むようにしている。長女が買い集めている石田衣良の小説たちもそうだった。


このひとの小説もとても読んだら好きになったのだけど、

エッセイも 面白い

です。

とっても。


http://www.bunshun.co.jp/book_db/3/69/72/9784163697208.shtml



脳みそも心も柔らかい人だなぁ・・と。
無防備に弱点をさらけ出し、さらりと受け止め
人の弱さも、「それも含めてのあなたでしょ?」 とさらりと流す。


そういう人って、男女関係なく、とてもセクシーだと思う。


自分が程遠いから、だと、思うんだけど(ほら、ないものねだりのひがみやだから)

セクシーな人、に、すごくすごく惹かれるのです。


こんなひとにひとこと優しい言葉をかけられたら、私なんかイチコロコロリざんす(笑)



あちらこちらの雑誌に書き散らしたものの寄せ集めだから恥ずかしい

というようなあとがきがあったけれど、一気に読んでしまいました。




貧乏性なので、最初はイッキにんがーっと読んでしまいますが
2度めはじっくり噛み砕くつもりで、
3度目にしてようやく著者の言わんとすることの半分くらいを・・・・

まぁとにかく今夜は朝までじっくり読み返しますw






後遺症

2008年10月28日

Posted by 茶トラン at 20:33Comments(0)TrackBack(0)ふと考えたこと
先日亡くなった母の仏事も兼ねて、5年ぶりに地元に帰った。

墓参りもして、数少ない旧友と会い、短くても楽しい時間を過ごせた。
久しぶりに元夫と、ふたりでゆっくり話もした。


数年前には、お互い生きて会うことは二度とないだろうと思っていた。


沖縄に帰るため空港に向かうとき、古くからの友人がひとり見送りに来てくれて
電話やメールでは話せないことをたくさん話した。


彼女は私と元夫のことを良く知っていて、今も元夫とは親しくしている。


「あんたがいなくなってからねぇ、あの人廃人みたいになってたんだよ。
 ほんとうに自殺するんじゃないか、ってくらい皆心配してたんだから・・・

 あの人はまだ後遺症に苦しんでるわよ」


そんなはずないだろう、と思った。
女なんていくらでもいる。
ましてや、元夫は性格はともかく、年齢よりずっと若々しく所帯じみたところもなく、自由に使える時間とお金がある。私と暮らしていた間だって、常に何人もの女と関係を持っていた。


「そりゃあもてないわけじゃないから、いつも女連れてるけどさ。なんか笑えるくらいいつもあんたに良く似た女ばかり選んでるんだよ。自分では気付いてないみたいだけど・・・」


「だって、あの人が私に執着する必要性なんてどこにもないじゃん?」


不思議そうに友人に向かって私は言った。



「やっぱり別れても、何年経っても、あの人にとってあんただけは特別な女なのよ・・。男に後遺症を残したままでほんとに残酷な人間だよ。あんたは何もかも忘れて幸せになってて・・・。残されたわたしたちの気持ちを考えたことある?」


友人は少し怒ったような口調で私に説教を始めた。

20年以上の付き合いがある友人だけど、話せなかったことも色々ある。
胸の奥深くにしまいこんで、血を吐きながら、のた打ち回って

自分自身の中で消化せざるを得なかったこともある。


私だって無傷で今の生活を手に入れたわけじゃないんだよ


のどまで出かかった言葉は、いつものように飲み込んだ。


人間は、どんなことでも当事者でないと解らないことがある。

元夫は、人には執着心がない人間だった。
人の気持ちなどまったく考えない、私以上に冷徹な人だった。


「お前がいなくなったら、俺は生きてる意味がないんだ」


と、最後には泣いてすがりついたあの人を、私は振り向きもせず、後ろ足で砂をかけて家を出た。



新しい自由な生活だけを見ていたから、さびしさも不安も全くなかった。



私にとって、目の前からいなくなってしまった人間は、たとえ10年一緒に暮らした男でも


「この世に存在しないのと同じ」


だけど、こうして会えば何事もなかったようにまた違う気持ちで接することもできる。



だいたい女はそんなもんだと思うけどw




「後遺症」



という言葉に反応してしまった自分を、少し不思議に思った。



タグ :後遺症

今日の本

2008年10月23日

Posted by 茶トラン at 02:18Comments(0)TrackBack(0)本の話
夏ごろからある勉強を始めて、現実逃避ばかりしている。

今の仕事に役立つように、と国家資格試験に(かなり無謀な・・)挑戦しようとしてるのだけど、
あまりにも低い合格率や、周りの意見を聞いていると、己を知らなさ過ぎるかと・・・

涙が出そうになる。


仕事の合間をぬって、職場の資料室(別名:おっさんたちの昼寝部屋)で参考書を探して借りる。
派遣社員でも貸してくれるのはありがたい。
だって、こういう参考書ってアホみたいに高いもん。


そのついでに


一般書もよく借りる。
高くて買えない写真集や、なんとなく興味あるけどお金出してまで買いたくはない文庫とか。
立ち読みするような時間はないけれど、本棚で本を物色してるときって時間を忘れてしまうほど私にとっては至福のときだ。


小さい頃から本が好きで好きで、押入れに懐中電灯持って隠れて読んでたり
学校の図書室で授業が始まっても隙間に隠れて読み耽って閉じ込められたり

学校の近くの本屋さんであまりにも立ち読みばかりするから、顔を見ただけでも
ほうきで追いやられたり


それでも本を読み漁ることはずっとずっとやめられなかった。


中学生のとき、拘置所に入ると、刑務所とは違って作業もしなくてよくて、一日中好きな本を読んですごしていられるというような内容をなにかで読んで、大人になったら拘置所に入ろう、好きな本だけ読んで仕事もしないでいられるなんてステキ・・・とうっとりしていたのは本当のことです(笑)

悲しいくらいにアホですね。
ガキって・・・



今日、参考書と一緒に借りてきたのは、沖縄のことを書いたエッセイ。

花村萬月という作家の「沖縄を撃つ」です。

興味を持った人は自由に検索してみてね^^

この著者の小説は、ときどき読んでいた。
短編の作品が、18年位前に漫画化されていたのを読んだのがきっかけ。
一度興味を持つと、ハマリこんでしまうしつこいタチなので、色々読んだ。


エッセイは初めてだったけど、共感できる部分がたくさんあってよかったなぁ~
わたし、読書感想文は子どものころから苦手なんで、書けませんが・・。



が、あまりにもキレイゴトでまとめたがる人がわりと近くにいて、少々それに付き合いきれなくなってきたかもな・・・と思っていたことなんかを、ズバリと言語化してくれているような感じがして(勝手に思ったことですもちろん)面白かったです♪


人買いの話なんて、男と女のことを素直な目で見てる人だな、と思った。
別にノンフィクションライターとして身体張ってるわけでもないのに、正直でアホで憎めない男だと感じた私は、やはり世間一般の感性から大きくはずれている部分があるんだろうか?(笑)


私なんかは面白かったからいいや~で終わりですが、とあるサイトのレビュー見ると、みなさん評論家のように?小難しいことを書いていらっしゃる・・・。おもろいもんはおもろい、おもろないもんはおもろない、でいいんとちゃうか?

と思うけど、これも個性、あれも個性、きっと個性、たぶん個性ですよねw

ビンボーで欲しい本も買えないから、今の職場はありがたいっす。




まさかこの歳になっても、虐待を受けたことによる後遺症にこれほど長く苦しむ事になろうとは思わなかった。

様々な虐待を受け続けて、やっとの思いで逃げ出した15の春。
私は、私を「性の道具」として扱ってきた男たちをとことん利用することだけが親から逃げ切り、生き延びる唯一の手段だと確信した。

15歳で義務教育もろくに受けていないような人間にできる仕事なんて限られている。私は、親から、家から逃げる為にはどんなことでも利用した。手段は選ばなかったと思う。

なぜ風俗に行かなかったのかは未だに分からない。
娼婦として、女としての魅力にはあまりにも欠けるクソガキだったからだろうと思う。

年齢をごまかして水商売をして生活費を得るということをすでに知ってしまっていたので、何の迷いもなく夜の世界にどっぷり浸かって行った。

同級生は9割以上が高校へ進学していた。
残りの一割は私と似たような境遇のいわゆる「腐ったみかん」だ。
中学時代に妊娠中絶していたり、少年院に入っていたり、保護観察中だったり、とまぁ世間から見たらクズみたいなのばっかり。そういう環境を普通として生きてきたので、別に人相の悪いおっさんやゾクみたいのにからまられたってビビることもない。

この頃は、二度と親に引き戻されないように、生活に困らないように、年齢をごまかしていることで警察にパクられないように、と常に気を張って生活していた。

朝の7時から夕方4時までは、飲食店で働いていた。
食べ物やでバイトすると、もれなく食事がついてくるのだ。

夕方住処へ戻り、当時シャワーなんてなかったので、お風呂をわかし、お風呂に入って、化粧して夜用スーツに着替えてご出勤。
うまくいけば、「同伴」といって、お客がご飯をおごってくれて、一緒に出勤し、売り上げの何割かは歩合給としてもらえるというシステムが水商売にはあった。

私は、小さな頃から、野良猫のように「今食べなかったら今度はいつ食事をもらえるかわからない」という生活をしていたので、いつもおなかをすかせていて、いつもがっついていた。
食事をご馳走してくれて、売り上げに貢献してくれるお客の男を「エサをくれる大切な飼い主」としてとても大事にした。
私のようなひねくれた女を面白いといって可愛がってくれる男にも、いろいろな趣味や好みがあって、その男の趣味や好みに合わせた女を演じる事は、生活の手段でしかなく、それほど苦痛な事でもなかった。

お客はあくまで「客」でしかなく、恋愛やセックスの相手として自ら選ぶ事はなかったが、自分にとってプラス部分をもたらしてくれると判断した際には、求められれば何の躊躇もなく身体を開く、が、よぶんな執着や情などは一切持たないセックスマシーンとして、男たちは私をとても可愛がってくれた。

可愛がってくれる男の中には、理不尽な暴力を振るう男が多数いたけれど、暴力そのものより、暴力を振るわれる事によって仕事に行けなくなるというマイナスが生じることが嫌で、そういう男は容赦なく切り捨てた。警察沙汰にしたことも一度や二度じゃない。

私は長い間、男にとってとても都合のいい美味しいセックス奴隷だったと思う。
擬似恋愛の相手としても、都合が良かっただろう。
利害の一致さえ得られれば、その男にとって好ましい女として振る舞い、求められれば求められたとおりに応え、都合が悪くなって切り捨てられれば後追いは一切しない。
このような都合の良いセックス奴隷を手放したくなくて、自滅する男もいたけど、求めて得られるもの以上のものを求めた結果なのだから、自業自得だろうと思う。

男ってなんでこちらが与える以上のものを求めてくるんだろう?
ただのセックス奴隷としての私に満足していたはずなのに、私自身の「心」とか目に見えないものを求めて私を疲れさせ、逃げようとすればするほど束縛しようとむきになる。男にとって都合の良いセックス奴隷としての義務は果たしているのだから、それ以上のことを求められても困るというのが私の考えなのだけど、こういう考え方のせいで殺されかけた事も何度かあるので、自分の身を守る為に「身も心もあなただけの女でいます」というように、演じ方を変えていった。

一番苦労したのはこの頃だったと思う。
男がどういう部分で、どの程度、どのように嫉妬心や男から見て可愛いと思われる女心を見せれば喜ぶか?というツボが人それぞれ違うので、色々な場面で様々な手段で試す必要があった。
例えば、男の妻に対する嫉妬心を出した場合、

「どうしようもないことに対してくだらない嫉妬されると嫌になる」

というタイプも居れば

「どうしようもないことと解っていても嫉妬してくれる可愛いやつ」

という人もいる。

相手によって臨機応変に自分を演じる事で、どれがほんとの私なんだろう?などと迷ったりすることは一切なかった。
自分の根底にあるのは、「利害が一致する事」のみで、それは一切ゆらぐことはなかったので、様々な男の好みの女を演じる事に違和感や嫌悪感も感じなければ相手が与えてくれる以上のものを求める事もなかった。
また、恋愛で苦しむ女の気持ちもまったく理解できなかった私に、周りの同業者の女達の恋愛経験などはとても勉強になったし、新鮮でもあった。
「女として」こうありたい、という信念はなかったが、「人間として」こうあろうという信念はずいぶん小さな頃からうっすら持っていた。と思う・・・

「生きて行くために手段は選ばない。プライドなんてくそくらえ」

これだけで私は生き抜いてきた。
いつも投げやりで、人やものに対する執着も持てなかった私が唯一貫いたのは、

『自分が生きていくために手段は選ばないこと』

だった。
そのためには、経済的に他人に頼らず生きていくだけの力をつける必要があった。
学歴もなく、経験もないガキが経済的に手っ取り早く自立するには、手段を選ぶ余裕などあるはずもなく、中途半端なプライドなどゴミみたいなものだと思った。

その結果が『男にとって都合の良い奴隷女を演じる事』だっただけ。
それを恥に思ったり、隠そうという気持ちは一切なかった。
キレイごとだけで生きていけるほど世の中甘くないということは、嫌というほど体感していたし、あくまでも根底にあるのは、『自分の為、自分中心』だったので、自己嫌悪に陥ったりする事もなく、今まで生きてこれたんだろうなぁ、とも思う。

あくまでも『生きていく為の手段』でしかなかったので、自分で店を持ち、一国一城の主になり、地位や名声を手にしたいなどという野心はなかった。
自分ひとり生きていくのがやっとなのに、協調性の欠片もない私が、店を切り盛りして、人を使い、全体に気を配り、そんなことが出来るわけないと己を知っていたから。




人間が人間を求めるということは、もしかしたら自然なことなのかもしれない。
最近この歳になってようやく気付いたことだった。


少し親しくなると、私の過去のことを世間話のついでに知ることがあり、たいていの人間は「知りたくなかった」「聞きたくなかった」といって離れていく。そんなのいつものことなので、驚きもしないしあまり濃い人間関係は苦手だからかえって都合が良い。

今の私は、過去の私があってこそだと思っているのでとくに新規の友達も欲しいとは思わない。
知った上で付かず離れず「こういうものなんだ」と受け入れてくれる数少ない人間がいること自体が奇跡のようなものだから、これ以上のことは望まない。


今の私には守りたいものがある。
守っていくべきものさえ守っていければいいので、ひたすら大人しくしている。

本来の私は、「かよわい子羊ちゃん」なんだけどね(笑)


タグ :奇跡

熱中時代

2008年10月18日

Posted by 茶トラン at 18:17Comments(0)TrackBack(0)本の話
ただいま、貪るように読書中。


http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031352440&Action_id=121&Sza_id=A0



職場の資料室で見つけ、2時間ほどで読破。
今、じっくり2回目読み返してます。


あぁ・・・映画見に行きたかったなぁ・・。


感想


私は、限りなくノンフィ久ションに近い小説だと思います。
「男性の目だなぁ」と思うけど、この人の小説は好き。


この話に出てくるような子ども、日本にはいないと思われているみたいだけどそんなことないし。

国自体が貧しいと「異常も日常」として見過ごされてしまうけど、
日本のように経済的には裕福な国では、こういうことは、「非日常・異常なこと」として、見ないようにしてしまうくせが人間はあるようだ。

私の子どものころと酷似しているところがあるから、リアリティがあって読み応えアリ。




タグ :小説

何でもOK!

2008年10月13日

Posted by 茶トラン at 22:30Comments(0)TrackBack(0)覆面母さんの日常
おでんが好きです。


普通に生まれ故郷のおでんも大好き。
コンブ出汁メインで煮込みます。
その地方によってタネは違うんでしょうが、牛筋入りの出汁が効いたおでんが好きです。
東日本ではあまりおでんに牛筋を入れないんですかね?


真冬は、土鍋を石油ストーブにかけておきます。
でも、これは、誰か家にいて見張っていないとだめなので、一人暮らしを始めてからやめました。


紀文のおでんだね


みたいなどうでもいい感じの具が好きです。
一袋298円で数種類の練り物が入ってるアレですね^^

色んな味を楽しみたいので、ゲソやつみれも入れます。
おでんにはじゃがいもより里芋が合うと思っています。
(個人的な好みですけども・・)


甘辛い味噌をつけて(かけて?)食べるのも美味しいです。



沖縄に来るまで、おでんは冬だけの楽しみとしていました。

沖縄に来たら、おでんやさんが季節関係なくにぎわっていて、独特のおでんだねがあることを知り、おでん好きの私は即座にハマリました。どっぷりと・・・・

テビチ、チマグ、葉っぱ、島豆腐、が特にツボにハマリました。



どうでもいいけど、沖縄県産の野菜って大きいです・・
なので、本当に私の二の腕くらいの太さの大根を見たとき、声を上げてしまいました・・。
煮込むの大変だろうな・・と思いました。



ある日突然、とうとうひとりで「おでん」のある店へ平気で入れるようになってしまいました。

もともと行きたいところは一人でも行ってしまうのですが、おでんや は、おやじと呼ばれている人達の「聖域」のような気がして、一応戸籍上も生物学上も女であるわたしは、なんとなく入りづらかったのです。


が、今日ちょっと一杯やってかない?などと気楽に誘える同僚や友人がいない私は、ひとりで行動することにせざるをえませんでした。わけの分からない勇気を振り絞って入ったおでんやさんは、お客さんもお店の人も皆とても良い人ばかりで、おでんも泣くほどおいしかったです。


ひとりでおでんを楽しんでいる途中、友だちから連絡があり、わりと近くにいるということが判明したので、友人のいる店に徒歩30分かけて移動しました。(もっと近いと思っていたら、思ったより距離があったという・・・・)


ちょうど肌寒くなり始めた季節だったので、暖まってよかったです。
そして、久しぶりに会う友人と、朝まで呑んで、道路で座り込んで眠ってしまった友人を放置し、私はタクシーに乗って帰りました。沖縄って凍死する心配とかないからいいですよね~




これは去年の年末の話です・・・。




意味もなくおでんの話を書き出したら、急に思い出したのでかいてみました。




おでん(テビチ・チマグ)食べたひ・・・








深夜徘徊する中年おばさん

2008年10月10日

Posted by 茶トラン at 02:51Comments(0)TrackBack(0)子どもたち
深夜、私は近所を徘徊します。

名付けて「ご近所ハイカイザー」(笑)



いや、きれいごと言いたくないんですが、ちょっと家庭環境に問題ありそげな感じの子どもがいて、それが次女の友だちだったりして黙って見過ごせないとこもありまして。。。。


今日もさっき、ひとり捕獲しましたです。

まだ中学二年生の女の子です。
私がターゲットにしてるのは、女の子だけ。

身体はともかく、精神的にはまだ幼い女の子が、望まない妊娠や望まない性行為で傷つくことだけは耐えられない、というのが私の考えで、誰かに頼まれたわけでもなく、勝手に私がしてるだけなんですが。


たぶん16~18歳くらいの男の子数人と24時間営業のうちの近所のスーパーの前にいました。たむろするんですよね、こういうとこって。所詮行き場のない子どもたちのすること。しかたないですね。


「ゆうか(仮名)、あんた何時かわかっとんの?さっきママから電話あったよ?」

と最初は優しく?声をかけた。

「あ~・・・いいよ、ウチのはほっといて」

投げやりな返事をしたゆうか(仮名)。

「ほっといていいじゃなくて、こんな時間にうろうろしとったらあんた補導されるし明日も学校あるやろ?帰ろうね?」

「わかったわかった。もう少ししたらかえるよ」

そんなん誰が信じるかい(笑)

最近、彼女のお父さん(私より年下w)が再婚して、赤ちゃんが産まれたのを私は知っていた。彼女の実のお母さんも再婚してしまって、彼女は行き場がなくなってしまったということも・・・・・。


「ゆうか(仮名)、今日はもう遅いしうちにおいで^^あんたタバコくさいよ」

「おばさんだってタバコ吸ってるじゃん・・・」


「わたしゃ成人してるし自分の稼ぎでタバコ吸って酒呑んでんの。あんたと一緒にすんな。つべこべいわんと帰るよ!」

ゆうか(仮名)は、一緒にいた男の子のバイクにまたがって「どっか連れてって。この人ウザイ」と言った。



そんなもん茶トラン母ちゃんは黙って見過ごしません。


ゆうか(仮名)の細い腕をひっつかんで、バイクから引きずり降ろし、ひっぱたいて自宅に連れて帰ってきました。
一緒にいた男の子たちは呆然としています。
そんなもん放置です。

この子とはもう4年越しの付き合いなんで、慣れたもんです。


腕力で私に勝とうなんて100万年早いわwww


説教なんてめんどくせーことはしません。
問答無用で家に連れ帰ったあとは、タバコくさい身体をまずシャワーで洗い流します。泥んこのネコを洗うように、ガッシガッシ洗います。


「反抗するなら命がけでとことん歯向かって来い!
 そのかわり腕力で私に勝てるようになってからやで!」


と、いつも私はいいます。


シャワーを浴びさせたあとは、食事です。
あったかい食事を拒否していたであろう、というのは最近の彼女の肌の荒れ具合を見ればわかります。だまって温かいごはんを食べさせます。お残しは許しません。


温かいごはんを食べると、人間不思議と落ち着きますね^^
落ち着いたら、今度は、問答無用で抱っこします。
嫌がって暴れても、抱っこします。

こんなんうっとおしいババアでしかないでしょう。
抱きしめられることすら、ウザイことでしかないでしょう。
逆らうのに疲れたから無抵抗になっただけでしょう。
理由なんてないでしょうね。


それでもいいんだよ。


おばちゃんはいつもここにいるよ^^
ごはんはいつでも用意しとくよ^^
家に帰りたくないときはうちにおいで^^

まぁ来れないときもあるだろうけどね・・(苦笑)


つい先日も、自宅で隠れてタバコを吸っていたのがバレて、父親にひっぱたかれて家を追い出され、深夜次女の携帯に電話してきたのを知っていた私、寝ぼけ眼で電話を取った次女が言った。


「ママぁ・・・ゆうか(仮名)今からうち来てもいいよね?」


うちはいつも玄関の鍵は開けておく。


これは、今、彼女のためにしていることだ。
絶対に食料だけは切らさない。温めればすぐ食べれるものを常備しておくのは、バラバラに食事をする我が家の娘たちのためだけでなく、ゆうか(仮名)がいつ来てもいいように・・・だ。


いいんだよ。
居場所がない子どもの、一時だけの居場所でいいんだよ。
おばちゃんはうっとおしい怖いおばちゃんでしかない。
あんたらにはウザイだけでしょう。当然だよ。
嫌がられるの、嫌われてるの解ってわざとしてるんだから。


それでもいいの。


外が寒かったら、
おなかがすいたら、
遊び疲れたら、
家に居たくなかったら、


ここにおいで。



おばちゃんはいつもここにいるよ。
何があっても逃げないからね。


外で偶然会ったとき、そういうときは必要以上に声はかけない。
だけど、彼女が声をかけてきたときは、買い物途中でも気が済むまで話す。ウチのあんぽんたん娘たちと話すときと同じように・・・。


腹くくって立ち向かう大人がいなけりゃ子どもたちの居場所がなくなるのは当然でしょ。甘ったれてるなんて子どもたちを責める前に、大人がするべきこともあるだろう?


現在ゆうか(仮名)は、またまた私にひっぱたかれて、抵抗することをあきらめ、とりあえずおなかいっぱいになり、ブカブカの私のTシャツ着て、いびきかいて寝てますw


あれだけナマイキなこと言っといて、寝顔は赤ちゃんのままなんよね^^
バカ娘がひとりやふたり増えたってうちは何も変わらんしね。


さて、むすめーずの隙間に潜り込んで寝ましょうね^^

耐えられない

2008年10月09日

Posted by 茶トラン at 23:22Comments(0)TrackBack(0)暴走する妄想
子どものころからマンガ大好き。
テレビや音楽はなくても平気だけど、マンガがない生活ってのは耐えられない。

最近は脳みそ使うのがいやなので、文字だけの本はめったに読まなくなった。

いろんなジャンルにはまってきたけど、最近はわりと固定してるかも。


ネコが出てくるマンガは絶対読む(笑)

ずっと好きなのはノンフィクションもの。戦争もの。(争いごとは大嫌いだけど・・)

高くて買えない写真集は、職場の資料室で借りてみる。


好きな本の話で一番盛り上がれる人間、

似たようなヲタク魂を持っている人間、というのが、私の場合長女だ。

けんかばかりしてるけど、意外なもんで。

親子だから似ているのは当たり前と言われるかもしれないけど、オタクであればあるほど、自分の好きなジャンルに対するこだわりが強く、ぶつかり合ったりするもの、らしい。でも、最近はなんとなくお互いの好みの中間点?のジャンルの話で盛り上がれることが多い。


オタク



なんて美しいひびき・・・あぁ・・・うっとり


こうしてアホ親子の夜は更けてゆくのでした。



タグ :オタク