› 覆面母さん、今日も行く! › 暴走する妄想子どものころからマンガ大好き。
テレビや音楽はなくても平気だけど、マンガがない生活ってのは耐えられない。
最近は脳みそ使うのがいやなので、文字だけの本はめったに読まなくなった。
いろんなジャンルにはまってきたけど、最近はわりと固定してるかも。
ネコが出てくるマンガは絶対読む(笑)
ずっと好きなのはノンフィクションもの。戦争もの。(争いごとは大嫌いだけど・・)
高くて買えない写真集は、職場の資料室で借りてみる。
好きな本の話で一番盛り上がれる人間、
似たようなヲタク魂を持っている人間、というのが、私の場合長女だ。
けんかばかりしてるけど、意外なもんで。
親子だから似ているのは当たり前と言われるかもしれないけど、オタクであればあるほど、自分の好きなジャンルに対するこだわりが強く、ぶつかり合ったりするもの、らしい。でも、最近はなんとなくお互いの好みの中間点?のジャンルの話で盛り上がれることが多い。
オタク
なんて美しいひびき・・・あぁ・・・うっとり
こうしてアホ親子の夜は更けてゆくのでした。
テレビや音楽はなくても平気だけど、マンガがない生活ってのは耐えられない。
最近は脳みそ使うのがいやなので、文字だけの本はめったに読まなくなった。
いろんなジャンルにはまってきたけど、最近はわりと固定してるかも。
ネコが出てくるマンガは絶対読む(笑)
ずっと好きなのはノンフィクションもの。戦争もの。(争いごとは大嫌いだけど・・)
高くて買えない写真集は、職場の資料室で借りてみる。
好きな本の話で一番盛り上がれる人間、
似たようなヲタク魂を持っている人間、というのが、私の場合長女だ。
けんかばかりしてるけど、意外なもんで。
親子だから似ているのは当たり前と言われるかもしれないけど、オタクであればあるほど、自分の好きなジャンルに対するこだわりが強く、ぶつかり合ったりするもの、らしい。でも、最近はなんとなくお互いの好みの中間点?のジャンルの話で盛り上がれることが多い。
オタク
なんて美しいひびき・・・あぁ・・・うっとり
こうしてアホ親子の夜は更けてゆくのでした。
タグ :オタク
すごく久しぶりにコミックの新刊を買った。
基本スタイルは育児エッセイマンガで、10年ほども連載が続いている。
そしてところどころに夫とのノロケ話が満載なマンガ。
私は、男性でも女性でも堂々とノロケ話をする人が大好き。
自分が好きな人がいるときも、堂々と人が呆れるくらいノロケるw
なので、そういう話はいつでも聞きたいし見たい。
根暗で僻みっぽい私が、人のノロケ話を見聞きしているだけでなんとなくゆる~い微笑ましい気持ちになれるんだから不思議★
今日買ったエッセイマンガの最後には、短い書き下ろしのページがあった。
そして、最愛の夫と別居していると近況が描かれていた。
最愛の夫と別居に至るまでの経緯を読んでいて、少々フラッシュバックのような感覚に陥った。
今日読んだ書き下ろしのエッセイマンガは、著者が仕事で県外に行っていたとき、ふだんは使用しない携帯のテレビ電話を使用してわざわざかけてきたことが怪しいと夫が言い出したことから始まっていた。そして、そのときそばに誰がいたのか、何時まで打ち上げをしていたのか、泊まっているホテルの部屋に行きたいと言う男がいたんじゃないのか?というようなことを言って著者の夫がネチネチと責める・・・という話だった。
私の場合、彼とは一緒に暮らしてはいなかったけど、子持ちの私の生活のリズムはだいたい決まっていて、彼もそれを知り尽くしていたと思う。また彼も、淡々と日々を過ごすことに疑問を感じていなかったように見えたし、そういう平凡な部分に惹かれていたのだからそれでいい、とも思っていた。
お互い別々の生活をしていても、まめに連絡を取り合ってしょっちゅう会っていた私たちは、そのリズムに慣れすぎていたんだろうな。と今は思う。
どちらかの都合で一緒に過ごすはずだったときに会えなくなった場合、私の行動はワンパターンである。
家で酒呑んで、DVD見ながらor本読みながら寝る
いつもこれです。恥ずかしいくらいワンパターンですww
週末はたいてい娘の友だちが家に泊まりにきていて、子どもたちのごはんさえ作っておけば後は勝手にゲームしたりテレビ見たりしているので私の出番はない。大人に干渉されるのを嫌う年代の娘たちに、必要以上にかまわないのがマナーってもんでしょうよ。
だからといってよほどのことがなければ特にわざわざ出かけたりもしない。
基本出不精(デブ性)でめんどくさがりなので・・・
そういうとき、思いがけず早く寝てしまうこともある。
メールや電話の着信にさえ気付かずに・・・
私は、眠ってしまって着信に気付かずにいたときは、目が覚めたらすぐに謝罪のメールを入れていた。
「見え透いたうそをつくな!ほんとのことを言って謝るまで連絡してくるな!」
という怒りの返信が来たことが何度かあった。
そして別れ話を持ち出すのは彼のほう。
こんな言い方をされて冷静でいられるほど出来た女じゃない。
当然反論し、勝手にしてくれ!となる。そして放置。
その後は、私から折れることもあったし、彼が折れることもあった。
そういうもんだと、こういう人なんだと、自分がもっと大人にならないといけないんだとそのたびに反省?していたけれど、何度か同じことが続いたとき、理不尽さに切れた私は、彼からの電話を一切取らないことがあった。
頭を冷やそう、冷静になろう、という意味もあったが、もうこのまま終わりにしたほうがお互いラクになれる・・・とも思っていた。
そういうとき彼の頭の中では、
「自分の知らないところで知らない男と遊びまわっている」
という脳内妄想が暴走していて、ふたりで楽しく過ごせるはずの少ない時間のほとんどを、彼に尋問されるだけで終わってしまうというようなことがたびたびあった。
とにかく、酔っていても酔っていなくても、彼に問い詰められたときは、泣きたくなる様な気持ちを抑え、ひたすら淡々と聞かれたことに答えるよう勤めた。しかたない、こういうものなんだ、と自分に言い聞かせた。
「男に誘われたらついていくだろう?お前はそういう女だよ」
「この間の夜、ほんとはどこに行ってたんだ?こそこそ出かけてるんじゃないのか?」
「なんか黙って夜出かけてる形跡があるんだよな~怪しい」
というようなことをときどき言われていた。
なんだか今思うと、ずいぶんな言われようだな・・・と思う。
こういうときは、
耳をふさぎ、目を閉じて、口をつぐんだ。
それ以外思いつかなかった。
「じゃあ俺が誘ったときなんでついてきたんだ」
と言われれば、あなたを好きになったからだよ、としか答えられない。
それ以外の理由があるの?
好きな人間にはそのように接する、意思表示をする。
自分の気持ちに素直になっただけで、誰でもよかったわけでもなんでもないよ。
常にそのことだけは言葉で、態度で伝えてきたつもりだ。
通じないんだな、もういいや、と思ったときから、
同じ事を仕返してやろう
自分がされて嫌なこと、言われて嫌なことをしてやろう
思いつく限り、とことん嫌な女になってやろう
と心に決め、ときに重箱の隅をつつくようなことでネチネチと彼を責めてみた。
どういう反応をするのか見たかったから。
予想通り、彼は激しい怒りの感情をあらわにし、切れた。
この人は・・・
自分がされて嫌なことを平気で人にできる人なんだ・・・・。
だけど束縛はしたい、支配したいんだ・・・
元夫とまるきり同じだな・・・
私の脳みそと心の中で、完全に「不要な人」カテゴリに入った瞬間。
完全に別れを決めたとき、一瞬で冷めてしまったのか、と思っていたけど、実は小さな小さな積み重ねがあって彼のことをまったく信じられなくなってしまったから、脳みそも心も、もうダメだと判断したんだなぁ・・と気付いた。
そして最後の最後まで、ひとかけらでもいいから彼の私に対する誠意や愛情のようなもの・・を見つけたくて、もがいてすがりついていたんだな、と少し寂しい気持ちにもなった。
基本スタイルは育児エッセイマンガで、10年ほども連載が続いている。
そしてところどころに夫とのノロケ話が満載なマンガ。
私は、男性でも女性でも堂々とノロケ話をする人が大好き。
自分が好きな人がいるときも、堂々と人が呆れるくらいノロケるw
なので、そういう話はいつでも聞きたいし見たい。
根暗で僻みっぽい私が、人のノロケ話を見聞きしているだけでなんとなくゆる~い微笑ましい気持ちになれるんだから不思議★
今日買ったエッセイマンガの最後には、短い書き下ろしのページがあった。
そして、最愛の夫と別居していると近況が描かれていた。
最愛の夫と別居に至るまでの経緯を読んでいて、少々フラッシュバックのような感覚に陥った。
今日読んだ書き下ろしのエッセイマンガは、著者が仕事で県外に行っていたとき、ふだんは使用しない携帯のテレビ電話を使用してわざわざかけてきたことが怪しいと夫が言い出したことから始まっていた。そして、そのときそばに誰がいたのか、何時まで打ち上げをしていたのか、泊まっているホテルの部屋に行きたいと言う男がいたんじゃないのか?というようなことを言って著者の夫がネチネチと責める・・・という話だった。
私の場合、彼とは一緒に暮らしてはいなかったけど、子持ちの私の生活のリズムはだいたい決まっていて、彼もそれを知り尽くしていたと思う。また彼も、淡々と日々を過ごすことに疑問を感じていなかったように見えたし、そういう平凡な部分に惹かれていたのだからそれでいい、とも思っていた。
お互い別々の生活をしていても、まめに連絡を取り合ってしょっちゅう会っていた私たちは、そのリズムに慣れすぎていたんだろうな。と今は思う。
どちらかの都合で一緒に過ごすはずだったときに会えなくなった場合、私の行動はワンパターンである。
家で酒呑んで、DVD見ながらor本読みながら寝る
いつもこれです。恥ずかしいくらいワンパターンですww
週末はたいてい娘の友だちが家に泊まりにきていて、子どもたちのごはんさえ作っておけば後は勝手にゲームしたりテレビ見たりしているので私の出番はない。大人に干渉されるのを嫌う年代の娘たちに、必要以上にかまわないのがマナーってもんでしょうよ。
だからといってよほどのことがなければ特にわざわざ出かけたりもしない。
基本出不精(デブ性)でめんどくさがりなので・・・
そういうとき、思いがけず早く寝てしまうこともある。
メールや電話の着信にさえ気付かずに・・・
私は、眠ってしまって着信に気付かずにいたときは、目が覚めたらすぐに謝罪のメールを入れていた。
「見え透いたうそをつくな!ほんとのことを言って謝るまで連絡してくるな!」
という怒りの返信が来たことが何度かあった。
そして別れ話を持ち出すのは彼のほう。
こんな言い方をされて冷静でいられるほど出来た女じゃない。
当然反論し、勝手にしてくれ!となる。そして放置。
その後は、私から折れることもあったし、彼が折れることもあった。
そういうもんだと、こういう人なんだと、自分がもっと大人にならないといけないんだとそのたびに反省?していたけれど、何度か同じことが続いたとき、理不尽さに切れた私は、彼からの電話を一切取らないことがあった。
頭を冷やそう、冷静になろう、という意味もあったが、もうこのまま終わりにしたほうがお互いラクになれる・・・とも思っていた。
そういうとき彼の頭の中では、
「自分の知らないところで知らない男と遊びまわっている」
という脳内妄想が暴走していて、ふたりで楽しく過ごせるはずの少ない時間のほとんどを、彼に尋問されるだけで終わってしまうというようなことがたびたびあった。
とにかく、酔っていても酔っていなくても、彼に問い詰められたときは、泣きたくなる様な気持ちを抑え、ひたすら淡々と聞かれたことに答えるよう勤めた。しかたない、こういうものなんだ、と自分に言い聞かせた。
「男に誘われたらついていくだろう?お前はそういう女だよ」
「この間の夜、ほんとはどこに行ってたんだ?こそこそ出かけてるんじゃないのか?」
「なんか黙って夜出かけてる形跡があるんだよな~怪しい」
というようなことをときどき言われていた。
なんだか今思うと、ずいぶんな言われようだな・・・と思う。
こういうときは、
耳をふさぎ、目を閉じて、口をつぐんだ。
それ以外思いつかなかった。
「じゃあ俺が誘ったときなんでついてきたんだ」
と言われれば、あなたを好きになったからだよ、としか答えられない。
それ以外の理由があるの?
好きな人間にはそのように接する、意思表示をする。
自分の気持ちに素直になっただけで、誰でもよかったわけでもなんでもないよ。
常にそのことだけは言葉で、態度で伝えてきたつもりだ。
通じないんだな、もういいや、と思ったときから、
同じ事を仕返してやろう
自分がされて嫌なこと、言われて嫌なことをしてやろう
思いつく限り、とことん嫌な女になってやろう
と心に決め、ときに重箱の隅をつつくようなことでネチネチと彼を責めてみた。
どういう反応をするのか見たかったから。
予想通り、彼は激しい怒りの感情をあらわにし、切れた。
この人は・・・
自分がされて嫌なことを平気で人にできる人なんだ・・・・。
だけど束縛はしたい、支配したいんだ・・・
元夫とまるきり同じだな・・・
私の脳みそと心の中で、完全に「不要な人」カテゴリに入った瞬間。
完全に別れを決めたとき、一瞬で冷めてしまったのか、と思っていたけど、実は小さな小さな積み重ねがあって彼のことをまったく信じられなくなってしまったから、脳みそも心も、もうダメだと判断したんだなぁ・・と気付いた。
そして最後の最後まで、ひとかけらでもいいから彼の私に対する誠意や愛情のようなもの・・を見つけたくて、もがいてすがりついていたんだな、と少し寂しい気持ちにもなった。
だらだらとだらしない
自分がしたいと思ったことしかしない、できない
とにかく自分に甘い
これだけで私自身を言い表すのは充分だろうとつくづく思った。
だって~
でもさ~
ということばは、しょっちゅう使う。
正直、「今、生きていられる。それだけでいいやん♪」と常に思ってる。
でも人間ってどんどんぜいたくになっていくんだな、と今回のことで思った。
自分がこうしたい、こういう人間でありたい、と、願うのは別に悪いことじゃないかもしれないけれど、「自分がこうありたいから、あんたもそのようにして!」というのは、なんだか理不尽な感情じゃないかなぁと思った。
私にも自分が大切に思っている人間には大切にされたい、可愛がられたいという欲求はある。
でも、自分が望むとおりの愛情を得られないからといって、その相手に対して不満をぶつけるのはなんかちょっとちがうんじゃないかなぁ・・・と今更ながらに考えるようになった。いい年して遅いって言わないで、お願い~!
わたしは、自分の感情を『認識することが難しい』人間だ。
今、不愉快である。今、悲しい、今、楽しい、という感情を、表現しないというレベルではなくて、
楽しいのか、悲しいのか、辛いのか、さえもよくわかっていない。
感情を認識できていなくても、長年自分の考えられる限りの普通の人というのを自分なりに観察し、そうありたいと強く願ってきたおかげもあって、「楽しいふり」や「怒ったふり」などはできてしまう。
どういうことに対して楽しいと感じて、どんなことが起これば気持ちが揺れるのか・・・・
それを自覚できないというだけのことなんだけど。
考えなくてもいいことを考えすぎるとよく言われたが、考えないでいられないから仕方ない。
自分のことなのになんか他人事みたいだね
喜んでくれているのか、嫌なのかさえもあなたの表情や態度からは読み取れないよ
友人知人、関係のあった異性たちからそんなふうに言われたことは、数え切れないくらいある。
ずっと前にどこかに書いたことがあるけれど、私は足に包丁が刺さっても悲鳴をあげるようなことはない。
それは、痛みに強いからではなくて、
「包丁が刺さって血が出た」ということは認識できても「包丁が刺さって足が痛い」ということを自覚することができないからなのだという内容だった。
我慢強いとかそんなレベルではなくて、
「足に包丁が刺さって血が出ている」
という事実、それだけしか認識できない。
それは、なんでだろう?
痛いとかかゆいとか、どうしたらそのときそういう感情が自然と出てくるんだろう?
どうすれば自然に「痛い」と感じられるのだろう?
ずっとずっと子どものころから思っていたことだったから、ふいに思った通りに書いてしまったことだった。
(ということを伝えたかったのだけど、どうしても伝え切れなかった)
彼と付き合っているとき、ときどき彼は、ふたりの将来について語ることがあった。
でも、私にとって人間関係というのは、「今、目の前にいる人間」と「今、していること、起きている出来事」だけしかなくて、2時間後のことや来年のことなんてとても想像することさえもできない。人間の気持ちは、一秒ごとにかわるもので、明日も同じ気持ちでいられるなんて保証はどこにもないのに、なんで何年も先のことをこの人は言うんだろう・・・?
といつも不思議に思っていた。
彼は、明日は今日の続きだから今日が良い日だったら明日も良い日だよ。と言っていたことがあったけれど、
今日、つい一時間まえに自分の口から出た言葉にさえ責任を持てない彼の言う「明日」というのは、わたしにはどう頑張っても想像さえもつかなかったのだ。
「あんたは何言っても動じないし涙ひとつ見せないし態度にも出ないからわからないんだよ」
と言われていたのは、つい昨日のことのように思い出す。
私は小心者で融通が利かない人間なので、実行できないことは口にしてはいけないと思っている。
なので、そのことが起きるまで、事実が自分の目で確認できるまで、その出来事を誰かに話すこともない。
自分から言い出しておいて、それを私に実行するように!と強要し、もし私が彼の言うとおりにできなかったら激しく怒りながらも、結果的には自分自身が口にしたことを、彼自身はなにも実行できないで自分の首を絞めることになってしまう・・・ということを繰り返した。
例えば、彼がわたしと連絡を取りたいと思ったときにそうできなかったら、彼はとても怒る。
思い通りにならなかったらキーー!となる気持ちは、私だってあるからそれは理解もできるし、そういうときは多少理不尽だなぁと感じても、素直にごめんなさいと言う。
しかし彼は、彼が私に望んでいることを同じようにしてくれと言うと嫌がり、すごく怒る。
その理不尽さ、不平等さを、どんなに冷静に説明しようとしても、聞こうとさえしない、聞く耳を持たないというところがあった。
もしかしたらこの人は、日本語が通じない人なのかなぁ?とさえ思うことが多々あった。
良くも悪くも、女は(少なくとも私に限っては)そういう状況に日常置かれればそれに慣れてしまう。
私は、慣れてしまうと面倒になってあきらめる、ということしか思いつかない。
私はこの「慣れてあきらめる」という行為が、物心ついたときから染み付いていて、めんどうなことからはすぐに逃げて「あきらめる」。これが後々様々な問題を引き起こす結果になるとは思わなかった。
日常は容赦なく追ってきて、ひとりで考えなくてはいけないこと、今やらなければならないこと、が平和な(つもり)生活を送っていても以外とあるものだと思った。その中で、どの部分が自分の手に負えなくて、どのあたりまでは自分自身の力でやりぬかなければいけないことなのか、、、という判断もしなくてはいけない。
どんなに親しくなっても、自分の手に負えないことは誰かに助けを求めても責められることはないだろうけれど、自分でできることは自分でして、どうしようもない部分だけを彼や友人知人に頼るなり、専門家に助けを求める、というのが「私の考える普通」だ。
先ほど書いたように、包丁が足に刺さったとき、自力で手当てして血が止まればそれでいいしそれ以上何もしないしする必要もないことだ。人間の身体についた傷なんてものは放っておいても、時間が経てば自然に肉が盛って治るということをこの年になれば誰だって知っている。仮に、自分で手当てしても血が止まらなければ病院へ行く、歩けなければ救急車を呼ぶなりする、そのほうが彼に電話するより早いと思うのはいかにも可愛げがなさすぎるだろうか?
彼は、そんな日常のたわいもない出来事も含め、私の身の上に起こったことは全て把握していなければ気がすまないようだった。そんなのそれぞれの生活を送っていれば当たり前に不可能なことだ。
仮に彼の言うとおりに日常の全てを報告していても、私には理解できないところで突然不機嫌になったり、切れたりする人間に、どのあたりまで自分自身についてのことを話していいものか、ということを常に考えていなくてはいけなかったから、不器用で脳みそが足りない私には判断が難しかった。
自分がしたいと思ったことしかしない、できない
とにかく自分に甘い
これだけで私自身を言い表すのは充分だろうとつくづく思った。
だって~
でもさ~
ということばは、しょっちゅう使う。
正直、「今、生きていられる。それだけでいいやん♪」と常に思ってる。
でも人間ってどんどんぜいたくになっていくんだな、と今回のことで思った。
自分がこうしたい、こういう人間でありたい、と、願うのは別に悪いことじゃないかもしれないけれど、「自分がこうありたいから、あんたもそのようにして!」というのは、なんだか理不尽な感情じゃないかなぁと思った。
私にも自分が大切に思っている人間には大切にされたい、可愛がられたいという欲求はある。
でも、自分が望むとおりの愛情を得られないからといって、その相手に対して不満をぶつけるのはなんかちょっとちがうんじゃないかなぁ・・・と今更ながらに考えるようになった。いい年して遅いって言わないで、お願い~!
わたしは、自分の感情を『認識することが難しい』人間だ。
今、不愉快である。今、悲しい、今、楽しい、という感情を、表現しないというレベルではなくて、
楽しいのか、悲しいのか、辛いのか、さえもよくわかっていない。
感情を認識できていなくても、長年自分の考えられる限りの普通の人というのを自分なりに観察し、そうありたいと強く願ってきたおかげもあって、「楽しいふり」や「怒ったふり」などはできてしまう。
どういうことに対して楽しいと感じて、どんなことが起これば気持ちが揺れるのか・・・・
それを自覚できないというだけのことなんだけど。
考えなくてもいいことを考えすぎるとよく言われたが、考えないでいられないから仕方ない。
自分のことなのになんか他人事みたいだね
喜んでくれているのか、嫌なのかさえもあなたの表情や態度からは読み取れないよ
友人知人、関係のあった異性たちからそんなふうに言われたことは、数え切れないくらいある。
ずっと前にどこかに書いたことがあるけれど、私は足に包丁が刺さっても悲鳴をあげるようなことはない。
それは、痛みに強いからではなくて、
「包丁が刺さって血が出た」ということは認識できても「包丁が刺さって足が痛い」ということを自覚することができないからなのだという内容だった。
我慢強いとかそんなレベルではなくて、
「足に包丁が刺さって血が出ている」
という事実、それだけしか認識できない。
それは、なんでだろう?
痛いとかかゆいとか、どうしたらそのときそういう感情が自然と出てくるんだろう?
どうすれば自然に「痛い」と感じられるのだろう?
ずっとずっと子どものころから思っていたことだったから、ふいに思った通りに書いてしまったことだった。
(ということを伝えたかったのだけど、どうしても伝え切れなかった)
彼と付き合っているとき、ときどき彼は、ふたりの将来について語ることがあった。
でも、私にとって人間関係というのは、「今、目の前にいる人間」と「今、していること、起きている出来事」だけしかなくて、2時間後のことや来年のことなんてとても想像することさえもできない。人間の気持ちは、一秒ごとにかわるもので、明日も同じ気持ちでいられるなんて保証はどこにもないのに、なんで何年も先のことをこの人は言うんだろう・・・?
といつも不思議に思っていた。
彼は、明日は今日の続きだから今日が良い日だったら明日も良い日だよ。と言っていたことがあったけれど、
今日、つい一時間まえに自分の口から出た言葉にさえ責任を持てない彼の言う「明日」というのは、わたしにはどう頑張っても想像さえもつかなかったのだ。
「あんたは何言っても動じないし涙ひとつ見せないし態度にも出ないからわからないんだよ」
と言われていたのは、つい昨日のことのように思い出す。
私は小心者で融通が利かない人間なので、実行できないことは口にしてはいけないと思っている。
なので、そのことが起きるまで、事実が自分の目で確認できるまで、その出来事を誰かに話すこともない。
自分から言い出しておいて、それを私に実行するように!と強要し、もし私が彼の言うとおりにできなかったら激しく怒りながらも、結果的には自分自身が口にしたことを、彼自身はなにも実行できないで自分の首を絞めることになってしまう・・・ということを繰り返した。
例えば、彼がわたしと連絡を取りたいと思ったときにそうできなかったら、彼はとても怒る。
思い通りにならなかったらキーー!となる気持ちは、私だってあるからそれは理解もできるし、そういうときは多少理不尽だなぁと感じても、素直にごめんなさいと言う。
しかし彼は、彼が私に望んでいることを同じようにしてくれと言うと嫌がり、すごく怒る。
その理不尽さ、不平等さを、どんなに冷静に説明しようとしても、聞こうとさえしない、聞く耳を持たないというところがあった。
もしかしたらこの人は、日本語が通じない人なのかなぁ?とさえ思うことが多々あった。
良くも悪くも、女は(少なくとも私に限っては)そういう状況に日常置かれればそれに慣れてしまう。
私は、慣れてしまうと面倒になってあきらめる、ということしか思いつかない。
私はこの「慣れてあきらめる」という行為が、物心ついたときから染み付いていて、めんどうなことからはすぐに逃げて「あきらめる」。これが後々様々な問題を引き起こす結果になるとは思わなかった。
日常は容赦なく追ってきて、ひとりで考えなくてはいけないこと、今やらなければならないこと、が平和な(つもり)生活を送っていても以外とあるものだと思った。その中で、どの部分が自分の手に負えなくて、どのあたりまでは自分自身の力でやりぬかなければいけないことなのか、、、という判断もしなくてはいけない。
どんなに親しくなっても、自分の手に負えないことは誰かに助けを求めても責められることはないだろうけれど、自分でできることは自分でして、どうしようもない部分だけを彼や友人知人に頼るなり、専門家に助けを求める、というのが「私の考える普通」だ。
先ほど書いたように、包丁が足に刺さったとき、自力で手当てして血が止まればそれでいいしそれ以上何もしないしする必要もないことだ。人間の身体についた傷なんてものは放っておいても、時間が経てば自然に肉が盛って治るということをこの年になれば誰だって知っている。仮に、自分で手当てしても血が止まらなければ病院へ行く、歩けなければ救急車を呼ぶなりする、そのほうが彼に電話するより早いと思うのはいかにも可愛げがなさすぎるだろうか?
彼は、そんな日常のたわいもない出来事も含め、私の身の上に起こったことは全て把握していなければ気がすまないようだった。そんなのそれぞれの生活を送っていれば当たり前に不可能なことだ。
仮に彼の言うとおりに日常の全てを報告していても、私には理解できないところで突然不機嫌になったり、切れたりする人間に、どのあたりまで自分自身についてのことを話していいものか、ということを常に考えていなくてはいけなかったから、不器用で脳みそが足りない私には判断が難しかった。
ひとの訃報をネタにして一気に書いてきて、なんだか涙が流れてきた。
これは、単なる眼精疲労からくる生理現象なんだろうか?
「嗚咽」という言葉の意味がわからなかった。
涙というものは、感情というものは、脳みそでコントロールできるものだとずっと思っていたし、そうしてきた。
できない人間の方がおかしいのだとまじめに思っていた・・・。
ここ数日、彼の訃報を聞いてから、薬を倍飲まなきゃ眠れなくて、飲んでも眠れなくて深夜に追加して飲んだら朝起きれなくて、朝食もお弁当も作れず、生ゴミ出し忘れたり最低な日々を送ってた。
今日も子供達が寝るまで、出来る限り平静を装っていた。
個人の感情を表現することが「悪」だという思いが抜けないのか、泣けなかった。
泣かないと思っていたし、泣いてもしょうがない、とも思っていたのだが・・・
私は「泣く事も許されている人間」だと、うれしく思い知った。
涙は、頭で考えていることとは別に、流れてくるものだと知った。
自分の人生に関った人間を思い出して胸を抱き、泣くことなどもあるのだということを思い知った。
私は、人間だったんだ
私は、痛みも悲しみも感じないのではなく、感じたくない人間だったんだ
私は・・・・・・
そうしなければ生きていけない人間だったんだ
涙が止まらない
泣ける自分に戸惑い苦しい
目をつぶってきた事を思い出して切ない
今日はそんな夜
これは、単なる眼精疲労からくる生理現象なんだろうか?
「嗚咽」という言葉の意味がわからなかった。
涙というものは、感情というものは、脳みそでコントロールできるものだとずっと思っていたし、そうしてきた。
できない人間の方がおかしいのだとまじめに思っていた・・・。
ここ数日、彼の訃報を聞いてから、薬を倍飲まなきゃ眠れなくて、飲んでも眠れなくて深夜に追加して飲んだら朝起きれなくて、朝食もお弁当も作れず、生ゴミ出し忘れたり最低な日々を送ってた。
今日も子供達が寝るまで、出来る限り平静を装っていた。
個人の感情を表現することが「悪」だという思いが抜けないのか、泣けなかった。
泣かないと思っていたし、泣いてもしょうがない、とも思っていたのだが・・・
私は「泣く事も許されている人間」だと、うれしく思い知った。
涙は、頭で考えていることとは別に、流れてくるものだと知った。
自分の人生に関った人間を思い出して胸を抱き、泣くことなどもあるのだということを思い知った。
私は、人間だったんだ
私は、痛みも悲しみも感じないのではなく、感じたくない人間だったんだ
私は・・・・・・
そうしなければ生きていけない人間だったんだ
涙が止まらない
泣ける自分に戸惑い苦しい
目をつぶってきた事を思い出して切ない
今日はそんな夜
深夜の喫茶店に呼び出され、何を話したのか、全ては覚えていない。
ただでさえ出来の悪い頭で、10年近くも前のことだしなぁ。
「ちゃんとメシ食うてるか?何が好きなんや?」
とか
「今自分が生きてる、意味を考えたことあるか?」
とか
「お前自身が楽しい、気持ちええて思えること、ちゃんとしてるか?」
とか、ありがちなことを言われたんだと思う。
私は、いい年して、こんな時間に酒も呑ませんとなんやねん!と不貞腐れて話を聴いていた。
というより、多分聴くふりをしていた。
どんなに稼ごうと、どんなにたくさんの男をかしずかせようと、なにひとつ自分自身が満足するには至らない、なんて欲深な、なんて心根の卑しい女なんだろうと思い始め、なんの脈絡もなく、パソコン関係の資格を取り捲っていたころだ。
「ここまで徹底して、自分を追い詰めて憎む女、わし初めて見たわ」
(なんやそれ・・・?被害妄想女ってことか?)
「お前、育った家庭環境最悪やろ?」
くすっとあざ笑うように(そう見えた)言われた。
(なんやねん!それがなんやっちゅーねん!)
「なんでお前の事観察してんのや!気持ち悪ーー!とか思ってるやろ?わしお前の事好きやねん。一目惚れして、一緒に呑むようになって二度惚れ、三度惚れしてん。」
(はぁ~次はそのテかい!まわりくどいな!なんやねん!)
「お前の事観察すればするほど痛いんや。なんでこいつはこんな痛みを抱えて、泣き叫ぶ事もせずに笑ってるんやろなぁって思うと、胸のここんとこがぎゅーーーっと痛なるねん。ええ年やし、告白なんぞもできず今に至るっちゅーわけや(笑)」
(ハァ・・・・次はどんなテ使ってくるにゃろ?)
「そこでな、自分の気持ち押し付けるだけやったらただのキモイおっさんになってしまうからな、わしが勝手にお前のこと好きでおってもええかどうか許可が欲しいんや」
(あたしにどうしろと・・・?)
「なんもせんでええねん。今までどおりハゲ頭ベチベチどついて、ガハハてわろて、時々一緒に酒呑んでくれたらええねん」
・・・・・・・・・。
餓鬼だった私は、自分の身体を求める男(セックス奴隷としての機能の善し悪しで判断されること)しか知らないので、私みたいな女を口説くのにこういう手段もあるんだ~へぇぇぇぇええ~、と惚れ惚れしてしまったのだ。
「ただおってくれるだけでええねん」
自分の存在自体を生まれて初めて許された、と感じた瞬間だった。
上手くいえないけれど、ずっと自分が感じていた「生き辛さ」というのは、「自分がこの世に存在していることが許されないことなのでは」ということに尽きると思うのだ。
育ちの悪さというのは、どんなに覆い隠しても、はみ出してしまうものである。
逆に、育ちの良い人間というのは、何も特別な事をしなくとも、「ただ存在するだけで多くの人が惹かれる」というものなのだ。結局、水商売でも成功している人は、生来の育ちの良さ=頭の良さ(機転が利く、思いやりがあるなど、学習しなくても自然に身についている)がにじみ出ている人なのだ。そういう意味では、育ちの良い人間は、生まれてきた事自体を罪悪に感じることなど無く、いわば人生の勝ち組としてすくすく育っていくのだなぁ~としみじみ思う。(←またこの卑屈さが育ちの悪さを表している(笑))
だから、私は、自分の存在を許してもらえる為にはなんでもした。
親に媚び、親から離れた後は男に媚び、どうにかして、私が生きている事に許しを乞うように、なんでもした。そのままのお前でいい、なんていってくれる人は、うわべではたくさんいたが、少し親しくなると、私の背負ってきたものを一緒に背負う義理はないと、さっさと逃げ出す人間ばかりだった。
よくも悪くも、人は「人並み」でないものは受け入れられないのだ、ということを学習し、自分には最も向いていない厳しい「接客業」という職業を選んだことを後悔しながらも、それ以外生きる糧を得る手段を持たない自分だからしょうがないと、生きてきたのだ。
自分の生い立ちのかけらをボソリと話すと、「かわいそうになぁ」と言って、下着の中に手を突っ込む男たち。
帰ったら私のかばんに札がねじこまれていることがよくあったが、それが世間並みの「身のほどこし」なのだと思っていた。
そのことに疑問を感じたこともない。
水商売をしている間ずっと
「施しをしたい人間の優越感を私が満たしてやってるんや!感謝されて当たり前や!」
という歪んだ優越感を持っていたと思う。
「かわいそうな人間には施しを」
昭和に生まれ育った男達は、そういう教育を受けてきたんだろう。
昭和に生まれ育った私もそう思ってた。
この世の中には「施しを受ける人間」と「施しを与える人間」の2種類しかいないんだと、「対等」な人間関係などあり得ないと自分の経験上思っていた。
自分は一生「施しを受ける側の人間であって、与える側にはなりえない」と思っていた。今でもそう思う。正体の解らない飢餓感にもだえ苦しむ様は「まさしく餓鬼」そのものだ。
そんな人間が、何も奉仕をしなくても「与えられる側」の立場になってしまったのである。どうしていいのか解らず、戸惑うばかりだった。
「ありのままの自分を受け入れて貰う」
ことは、通常は幼少期に無意識のまま経験を積み、それが後の人格形成にかかわってくるものだ。なので、私がまったく自覚できなかった「人間としての尊厳」などというものは、無意識のうちに与えられ刷り込まれた養育環境によるものであって、決して世間が言う「母子家庭だから(片親だから)」などというものに起因していることではなかったのだと今は判る。
私は、「そのままの自分で生きていて良い許可」を貰ってしまった。
ただでさえ出来の悪い頭で、10年近くも前のことだしなぁ。
「ちゃんとメシ食うてるか?何が好きなんや?」
とか
「今自分が生きてる、意味を考えたことあるか?」
とか
「お前自身が楽しい、気持ちええて思えること、ちゃんとしてるか?」
とか、ありがちなことを言われたんだと思う。
私は、いい年して、こんな時間に酒も呑ませんとなんやねん!と不貞腐れて話を聴いていた。
というより、多分聴くふりをしていた。
どんなに稼ごうと、どんなにたくさんの男をかしずかせようと、なにひとつ自分自身が満足するには至らない、なんて欲深な、なんて心根の卑しい女なんだろうと思い始め、なんの脈絡もなく、パソコン関係の資格を取り捲っていたころだ。
「ここまで徹底して、自分を追い詰めて憎む女、わし初めて見たわ」
(なんやそれ・・・?被害妄想女ってことか?)
「お前、育った家庭環境最悪やろ?」
くすっとあざ笑うように(そう見えた)言われた。
(なんやねん!それがなんやっちゅーねん!)
「なんでお前の事観察してんのや!気持ち悪ーー!とか思ってるやろ?わしお前の事好きやねん。一目惚れして、一緒に呑むようになって二度惚れ、三度惚れしてん。」
(はぁ~次はそのテかい!まわりくどいな!なんやねん!)
「お前の事観察すればするほど痛いんや。なんでこいつはこんな痛みを抱えて、泣き叫ぶ事もせずに笑ってるんやろなぁって思うと、胸のここんとこがぎゅーーーっと痛なるねん。ええ年やし、告白なんぞもできず今に至るっちゅーわけや(笑)」
(ハァ・・・・次はどんなテ使ってくるにゃろ?)
「そこでな、自分の気持ち押し付けるだけやったらただのキモイおっさんになってしまうからな、わしが勝手にお前のこと好きでおってもええかどうか許可が欲しいんや」
(あたしにどうしろと・・・?)
「なんもせんでええねん。今までどおりハゲ頭ベチベチどついて、ガハハてわろて、時々一緒に酒呑んでくれたらええねん」
・・・・・・・・・。
餓鬼だった私は、自分の身体を求める男(セックス奴隷としての機能の善し悪しで判断されること)しか知らないので、私みたいな女を口説くのにこういう手段もあるんだ~へぇぇぇぇええ~、と惚れ惚れしてしまったのだ。
「ただおってくれるだけでええねん」
自分の存在自体を生まれて初めて許された、と感じた瞬間だった。
上手くいえないけれど、ずっと自分が感じていた「生き辛さ」というのは、「自分がこの世に存在していることが許されないことなのでは」ということに尽きると思うのだ。
育ちの悪さというのは、どんなに覆い隠しても、はみ出してしまうものである。
逆に、育ちの良い人間というのは、何も特別な事をしなくとも、「ただ存在するだけで多くの人が惹かれる」というものなのだ。結局、水商売でも成功している人は、生来の育ちの良さ=頭の良さ(機転が利く、思いやりがあるなど、学習しなくても自然に身についている)がにじみ出ている人なのだ。そういう意味では、育ちの良い人間は、生まれてきた事自体を罪悪に感じることなど無く、いわば人生の勝ち組としてすくすく育っていくのだなぁ~としみじみ思う。(←またこの卑屈さが育ちの悪さを表している(笑))
だから、私は、自分の存在を許してもらえる為にはなんでもした。
親に媚び、親から離れた後は男に媚び、どうにかして、私が生きている事に許しを乞うように、なんでもした。そのままのお前でいい、なんていってくれる人は、うわべではたくさんいたが、少し親しくなると、私の背負ってきたものを一緒に背負う義理はないと、さっさと逃げ出す人間ばかりだった。
よくも悪くも、人は「人並み」でないものは受け入れられないのだ、ということを学習し、自分には最も向いていない厳しい「接客業」という職業を選んだことを後悔しながらも、それ以外生きる糧を得る手段を持たない自分だからしょうがないと、生きてきたのだ。
自分の生い立ちのかけらをボソリと話すと、「かわいそうになぁ」と言って、下着の中に手を突っ込む男たち。
帰ったら私のかばんに札がねじこまれていることがよくあったが、それが世間並みの「身のほどこし」なのだと思っていた。
そのことに疑問を感じたこともない。
水商売をしている間ずっと
「施しをしたい人間の優越感を私が満たしてやってるんや!感謝されて当たり前や!」
という歪んだ優越感を持っていたと思う。
「かわいそうな人間には施しを」
昭和に生まれ育った男達は、そういう教育を受けてきたんだろう。
昭和に生まれ育った私もそう思ってた。
この世の中には「施しを受ける人間」と「施しを与える人間」の2種類しかいないんだと、「対等」な人間関係などあり得ないと自分の経験上思っていた。
自分は一生「施しを受ける側の人間であって、与える側にはなりえない」と思っていた。今でもそう思う。正体の解らない飢餓感にもだえ苦しむ様は「まさしく餓鬼」そのものだ。
そんな人間が、何も奉仕をしなくても「与えられる側」の立場になってしまったのである。どうしていいのか解らず、戸惑うばかりだった。
「ありのままの自分を受け入れて貰う」
ことは、通常は幼少期に無意識のまま経験を積み、それが後の人格形成にかかわってくるものだ。なので、私がまったく自覚できなかった「人間としての尊厳」などというものは、無意識のうちに与えられ刷り込まれた養育環境によるものであって、決して世間が言う「母子家庭だから(片親だから)」などというものに起因していることではなかったのだと今は判る。
私は、「そのままの自分で生きていて良い許可」を貰ってしまった。
先週深夜、唐突にメールで知人の訃報を聞いた。
その知人とは、私が今の土地に引っ越して以来連絡を取ってなかったのだけど、あまりに驚いた為、メールをくれた友人に深夜にもかかわらず電話をかけてしまった。
知らせてくれた友人Iさんとも、数年ぶりに話した。
Iさんとは、同じ店で2年くらい働いていた仕事仲間だった。
店で先輩だったIさんとはなんとなく仲良くなり、亡くなった知人は、本職はお寺の住職で、夜はバーやクラブでギター片手に弾き語りをしているちょっと変わった人だった。
店のお客さんや女の子の誕生日には、必ず歌を歌って盛り上げてくれた。
懐かしい生まれ故郷の方言を久しぶりに聞き、いっそう辛くなった。
「茶トランがいなくなってからもね、『あいつのことやし今頃ガハハて笑いながら辛い事があっても涙も見せんと、弱音も吐かずに頑張っとるんやろなぁ・・たまには弱音吐いてみせるくらいしてもええのになぁ・・』っていつも言ってたよ」
そうやったの・・・深夜Iさんと2人でしんみりしてしまった。
Iさんは電話の向こうでも、しくしくと泣いていた。
私の声を久しぶりに聞いたら、楽しかった日々を思い出してしまうと・・・
私よりずっと長く付き合いがあり、最後まで立ち上がろうと病気と闘う姿を見てきたのだから当然だろうな、と思った。
故郷へ帰れば、知人にもいつでも会えると、のんきに考えていた。
まだ40代、あまりにも若すぎる死・・・
私が今の土地へ来てから間もなくガンになり、最後の一年は入退院を繰り返し、もともと小柄だった体の大きさが半分になるくらい痩せてしまって、歌う声もか細くなり、大好きなビールも呑めなくなり、それでも歌う事をやめなかったそうだ。
最期の時、急に容態が悪くなり緊急入院して数日で逝ってしまったという。
その人とは、なんとなくよく一緒に酒を呑んだというだけで、それほど深い付き合いをしたわけでもないし、もちろん男女の関係でもなかったし、お互いの生まれ育ちなどについて話したことなど一切なかった。だけど、生意気で協調性がないと店のオーナーによく叱られているときに
「これはこいつの個性やわ。何一つ間違った事は言うてへんもん。何でもハイハイ言う女ばっかりやったらおもろないやんか。ま、確かに水商売には向いてへんわな(笑)」
とさり気なくフォローしてくれていたことを覚えている。
御客さんにも女の子にもなぜか好かれてたなぁ・・。
私は水商売をしていた頃、とても気難しかったり、偏屈なお客さんを手なずけるのが上手いと言われるホステスだった。ただ、私自身も万人ウケするキャラではなく、偏屈でアクの強い人間だったから、同類ばかりがそばに偏ってきただけだろうと思うけど・・・。
「どんなホステスもお客さんも皆そのままの自分を受け入れたらええねん。万人に好かれる必要なんかあらへんねん。そやないと全てのことを許せんようになってしまうで。そうなったら人間としての幅がせまくなるだけや、人間として『許す』いうことができへんかったら、ホステスとしても企業人としても人間的魅力はなくなるわな。ほしたら誰もついてこんようになってしまうわなぁ。まずそのままの自分であることを許し、受け入れることから始まるんや。もっとゆる~てええねんで。」
関西の大きな寺の息子として生まれ、思春期には反抗して家出して、様々な職業を渡り歩き、30代後半になってから出家したというその人はいつもそう言っていた。その言葉を、ちゃんと聞き取れていなかったなぁ・・と今さらながらに思う。とても大切な事を言ってくれてたのに、私は、世の中は全て敵だと身構えている臆病者だったので、聴く力がなかったのだ。
臆病ものは人の言う事を信じられない。何か裏があると身構えてしまう。身構えていなければ生きていけない状況で生きてきたからだと今なら判るが、当時の私は、私を思ってくれている人間もそうでない人間も全て同じレベルでしか接する事ができなかったので、そんな自分が何よりも許せず好きになれず、どうにもできないでいた。
その店に勤めるようになって一年程が過ぎ、しょっちゅう一緒に酒を呑んで騒ぐようになって私の幼い警戒心も解けはじめたころ、
「お前なんでそんなに身構えとんねん?そんなに男がキライか?そんなに人間が怖いんか?嫌いか?」
なんのことない話題を、女同士できゃあきゃあ言っているとき唐突に言われた。
私は、友人が経営する店なのでその場の雰囲気を壊したくなくて酔った振りして誤魔化した。
「誤魔化すなや!なんでそんなに人間が嫌いなんや!これ以上逃げんと向き合えや!自分と!」
私は耐えられなくて自分のグラスの水割りをぶっかけた。
これ以上私の中に入ってこないで!
私を見ないで!
壊れてしまう!
アカン!
全てを受け入れられないなら入らないで!
叫びは声にならず、喉の奥に詰まったままだった。
逃げるしかできない。
かばんを掴んで外に飛び出したら、友人が追いかけてきたので、謝って帰らせてもらった。
家についたころを見計らったように電話が鳴った。
「お前はなぁ、いつも肝心なトコで逃げよるんや。最大の弱さや。その弱さに真正面から目を向けられんのが最大の欠点や。お前が男を喜ばすのに長けてんのは、男なんか人間と思ってへんからやろな?感情がないねん、やから、淡々とこなせるねん。違うか?」
足元から体中の体液が駆け上り、うめき声を上げそうになった瞬間。
数日経ち、店が終わってから喫茶店に呼び出された。
怖かったけど、迷ったけど、いった。
※この文章はほぼフィクションです※
その知人とは、私が今の土地に引っ越して以来連絡を取ってなかったのだけど、あまりに驚いた為、メールをくれた友人に深夜にもかかわらず電話をかけてしまった。
知らせてくれた友人Iさんとも、数年ぶりに話した。
Iさんとは、同じ店で2年くらい働いていた仕事仲間だった。
店で先輩だったIさんとはなんとなく仲良くなり、亡くなった知人は、本職はお寺の住職で、夜はバーやクラブでギター片手に弾き語りをしているちょっと変わった人だった。
店のお客さんや女の子の誕生日には、必ず歌を歌って盛り上げてくれた。
懐かしい生まれ故郷の方言を久しぶりに聞き、いっそう辛くなった。
「茶トランがいなくなってからもね、『あいつのことやし今頃ガハハて笑いながら辛い事があっても涙も見せんと、弱音も吐かずに頑張っとるんやろなぁ・・たまには弱音吐いてみせるくらいしてもええのになぁ・・』っていつも言ってたよ」
そうやったの・・・深夜Iさんと2人でしんみりしてしまった。
Iさんは電話の向こうでも、しくしくと泣いていた。
私の声を久しぶりに聞いたら、楽しかった日々を思い出してしまうと・・・
私よりずっと長く付き合いがあり、最後まで立ち上がろうと病気と闘う姿を見てきたのだから当然だろうな、と思った。
故郷へ帰れば、知人にもいつでも会えると、のんきに考えていた。
まだ40代、あまりにも若すぎる死・・・
私が今の土地へ来てから間もなくガンになり、最後の一年は入退院を繰り返し、もともと小柄だった体の大きさが半分になるくらい痩せてしまって、歌う声もか細くなり、大好きなビールも呑めなくなり、それでも歌う事をやめなかったそうだ。
最期の時、急に容態が悪くなり緊急入院して数日で逝ってしまったという。
その人とは、なんとなくよく一緒に酒を呑んだというだけで、それほど深い付き合いをしたわけでもないし、もちろん男女の関係でもなかったし、お互いの生まれ育ちなどについて話したことなど一切なかった。だけど、生意気で協調性がないと店のオーナーによく叱られているときに
「これはこいつの個性やわ。何一つ間違った事は言うてへんもん。何でもハイハイ言う女ばっかりやったらおもろないやんか。ま、確かに水商売には向いてへんわな(笑)」
とさり気なくフォローしてくれていたことを覚えている。
御客さんにも女の子にもなぜか好かれてたなぁ・・。
私は水商売をしていた頃、とても気難しかったり、偏屈なお客さんを手なずけるのが上手いと言われるホステスだった。ただ、私自身も万人ウケするキャラではなく、偏屈でアクの強い人間だったから、同類ばかりがそばに偏ってきただけだろうと思うけど・・・。
「どんなホステスもお客さんも皆そのままの自分を受け入れたらええねん。万人に好かれる必要なんかあらへんねん。そやないと全てのことを許せんようになってしまうで。そうなったら人間としての幅がせまくなるだけや、人間として『許す』いうことができへんかったら、ホステスとしても企業人としても人間的魅力はなくなるわな。ほしたら誰もついてこんようになってしまうわなぁ。まずそのままの自分であることを許し、受け入れることから始まるんや。もっとゆる~てええねんで。」
関西の大きな寺の息子として生まれ、思春期には反抗して家出して、様々な職業を渡り歩き、30代後半になってから出家したというその人はいつもそう言っていた。その言葉を、ちゃんと聞き取れていなかったなぁ・・と今さらながらに思う。とても大切な事を言ってくれてたのに、私は、世の中は全て敵だと身構えている臆病者だったので、聴く力がなかったのだ。
臆病ものは人の言う事を信じられない。何か裏があると身構えてしまう。身構えていなければ生きていけない状況で生きてきたからだと今なら判るが、当時の私は、私を思ってくれている人間もそうでない人間も全て同じレベルでしか接する事ができなかったので、そんな自分が何よりも許せず好きになれず、どうにもできないでいた。
その店に勤めるようになって一年程が過ぎ、しょっちゅう一緒に酒を呑んで騒ぐようになって私の幼い警戒心も解けはじめたころ、
「お前なんでそんなに身構えとんねん?そんなに男がキライか?そんなに人間が怖いんか?嫌いか?」
なんのことない話題を、女同士できゃあきゃあ言っているとき唐突に言われた。
私は、友人が経営する店なのでその場の雰囲気を壊したくなくて酔った振りして誤魔化した。
「誤魔化すなや!なんでそんなに人間が嫌いなんや!これ以上逃げんと向き合えや!自分と!」
私は耐えられなくて自分のグラスの水割りをぶっかけた。
これ以上私の中に入ってこないで!
私を見ないで!
壊れてしまう!
アカン!
全てを受け入れられないなら入らないで!
叫びは声にならず、喉の奥に詰まったままだった。
逃げるしかできない。
かばんを掴んで外に飛び出したら、友人が追いかけてきたので、謝って帰らせてもらった。
家についたころを見計らったように電話が鳴った。
「お前はなぁ、いつも肝心なトコで逃げよるんや。最大の弱さや。その弱さに真正面から目を向けられんのが最大の欠点や。お前が男を喜ばすのに長けてんのは、男なんか人間と思ってへんからやろな?感情がないねん、やから、淡々とこなせるねん。違うか?」
足元から体中の体液が駆け上り、うめき声を上げそうになった瞬間。
数日経ち、店が終わってから喫茶店に呼び出された。
怖かったけど、迷ったけど、いった。
※この文章はほぼフィクションです※
『草木一本も生えていない、オアシスもまったくないような砂漠で、粉々に砕け散ってしまった小さなガラスの欠片(かけら)を拾い集める』
わたしの日常は、イメージとしては昔からこんな感じ。
(ちょっと気取りすぎかも・・・(笑))
オアシスもない、水もない砂漠で粉々に砕け散った欠片をひとつひとつ探し出して拾う作業は、ほんとうに気が遠くなる。
ひとつの欠片をやっと見つけては拾い上げ、ため息をついて座り込む。
座り込んでしまったら次はいつ立ち上がれるのかわからない。
砂漠で次の欠片を見つけるためには、水が不可欠になるが、その水さえもいつ手に入れられるかわからない・・・・
やっとの思いで見つけた欠片を、灼熱の砂の中に手を突っ込んで拾い上げようと這いつくばっていると、その手元を思い切り蹴り上げるような人間がたびたび現れる・・・。わたしはまた、ため息を吐きながら体中にかぶった砂を払い落とすところから作業を始めなければいけない。
嵐が来て身動きできなかったり
どんなに振り絞っても、気力も体力も出てこなくてへたりこんだり
蜃気楼が見えて走っても、蜃気楼はやっぱり蜃気楼だったりするのだけど・・・
それでも、
欠片を見つけ出して拾い集める作業を続けていくことでしか自分を維持できない私は、こうして生きていくんだと思う。
我ながらなんてうっとおしい人間なんだろうと思うが、仕方ないよな・・・
ちょっとだけブルーな茶トランでございました。
わたしの日常は、イメージとしては昔からこんな感じ。
(ちょっと気取りすぎかも・・・(笑))
オアシスもない、水もない砂漠で粉々に砕け散った欠片をひとつひとつ探し出して拾う作業は、ほんとうに気が遠くなる。
ひとつの欠片をやっと見つけては拾い上げ、ため息をついて座り込む。
座り込んでしまったら次はいつ立ち上がれるのかわからない。
砂漠で次の欠片を見つけるためには、水が不可欠になるが、その水さえもいつ手に入れられるかわからない・・・・
やっとの思いで見つけた欠片を、灼熱の砂の中に手を突っ込んで拾い上げようと這いつくばっていると、その手元を思い切り蹴り上げるような人間がたびたび現れる・・・。わたしはまた、ため息を吐きながら体中にかぶった砂を払い落とすところから作業を始めなければいけない。
嵐が来て身動きできなかったり
どんなに振り絞っても、気力も体力も出てこなくてへたりこんだり
蜃気楼が見えて走っても、蜃気楼はやっぱり蜃気楼だったりするのだけど・・・
それでも、
欠片を見つけ出して拾い集める作業を続けていくことでしか自分を維持できない私は、こうして生きていくんだと思う。
我ながらなんてうっとおしい人間なんだろうと思うが、仕方ないよな・・・
ちょっとだけブルーな茶トランでございました。
はたから見ると、
「ものすごくクールで、刃物のような雰囲気を持つ美女」
の美由紀、確かに美形でスタイルもよし。
女なら、皆嫉妬が多少入り混じった羨望の眼差しで見るだろうな、と思われる女。
しかし、実際は非常に涙もろく、羽毛布団のように温かい、許容量の広い人間だった。
一方私は・・・・
「銀縁ネガネをかけたひっつめ髪のお局さま」
そのまんまである。(笑)
ちなみに、私は経理担当。美由紀は、技術者や営業マンたちのサポートだった。
私が男性に声を掛けられないのはわかる。
だけど皆が美女と認める美由紀を、男性陣が誰も誘わなかったのは解せなかった。
※私のようなお局といつもつるんでいたからだという説もあったりする(苦笑)
にぎわう平日の居酒屋に、レディスデイだと知らずに男性客2人が入店してきた。
そのとき、店員の女の子がちらりとこちらを見た。
2人だけでテーブル席に座っているのは私たちだけ・・・
小さなテーブルではあるけれど、一応この席は4人掛けのテーブルだったのだ・・・。
「大変申し訳ありませんが・・・こちらの隣のテーブルを使わせて頂いてよろしいでしょうか?」
店員の女の子が言う。
私と美由紀は、早めに切り上げるつもりでいたので、「どうぞ」とこたえた。
店員の女の子が、ほんの少しだけ繋がっていたテーブルをずらし、男性客2人が座れるようにセットした。
「すみませんね、僕らみたいなでっかいおっさんがお邪魔して」
こちらに向かって一言断りを入れ席につくと、私たちと同じように
「とりあえず生!」
と、声を揃えて言ったのだった。
美由紀とまた、顔を見合わせてくすっと笑った。
「居酒屋に入るとなんで最初は皆同じこと言うんだろうね(笑)」
何杯かビールを呑み、私たちは泡盛を注文することにした。
私と美由紀は、ビールか泡盛しか呑まない。
美由紀は地元の人間だが、学生時代から数年間関東の都会で過ごしていた間に日本酒や焼酎の味を知り、すっかりハマってしまったらしいのだけど、地元に帰ってきたら都会では美味しかったはずの日本酒も焼酎も、まったく味わいのないモノになってしまったのだと言っていた。
その日は、私たち派遣会社の給料日直後だったので、ちょっとだけ高級な泡盛を注文しようか?
ということになり、思い切って『北谷長老』という泡盛の古酒を2合注文した。
空港や街のお土産屋さんで買うと、一本4000円ほどもする酒。
しがない派遣の私たちには、せいいっぱいの贅沢だ。
「なんか、渋いお酒注文しましたね?お好きなんですか?」
ほんの数十センチしか離れていない隣のテーブルに座っているさきほどの男性客が話しかけてきた。
「ええ、私たち泡盛好きなんです。ふだん安いのしか呑まないんですけどね」
「なんかたそがれオヤジみたいでかっこいいなぁ。僕らもたまに呑むんですよ、北谷長老美味しいですよね」
少し話してみると、男性客2人はかなりの酒好きで、色んな酒を呑み、それなりにウンチクもあるようだった。ウンチクを語りだすと長いのは嫌だけど、そんなふうではなかったので4人で少々話が弾み、いつの間にか4人で1升以上の酒を空けてしまうという始末・・・・(冷汗)
私がふと、
「大変!美由紀、こんな時間だよ。帰ろう」
というと、
「今日は楽しかったのでご馳走させてください」
と、隣の男性客が言った。
美由紀はいっしゅんとまどったような顔をしたが、私はきっぱり言った。
「ありがたいのですが、見ず知らずの方にご馳走になるわけにはいきません。自分の飲み食いしたぶんは自分で支払いしますのでお気持ちだけいただきます」
私は、いい年なのでそれが当然だと思っていたし、実際見ず知らずの人に酒をおごってもらうなんて経験はない。
すると、背の高い顔のデカイ男が私に向かって、
「可愛くない女だなぁ。あんた職場でも嫌われてるでしょ?俺も大っ嫌い。あんたみたいな女」
カッチーン★
「見ず知らずの方に好かれるほど気味悪いことはないですから。私もあんたみたいな初対面でデリカシーのない男は、ゴキブリよりも嫌いですよ。お互い意見があってよかったですね」
そういってにっこり微笑み、さっさと伝票を持って店を出た。
子どものころから男性の冷たい仕打ちには慣れている。だけど、クールそうに見えて、実は情に厚く、お人よしの美由紀は私のようにツンケンした態度はできない。地元ならなおさら、だろう。
私が会計を済ませて店の外に出ても、美由紀は中々出てこない。
どうしたんだろう?
私のせいでさっきの男に絡まれていないだろうか?
心配になり店の中に戻ろうかとしたら、さっきの男性客2人と美由紀が、にこやかに並んで出てきた。
美由紀がいつもの優しい物言いで、私の無礼を先に侘び、男性側2人も、自分達こそ酔っ払ってたせいで申し訳なかったと謝り、私にも謝りたいといって店を出てきたのだった。
美由紀のこういう大人なところを本当に尊敬してしまう。
にこにこと先ほどのことは何事もなかったように、背の高い顔のデカイ方の男性が私に向かって頭を下げた。
「さっきはすまなかった。酔って調子に乗るのは自分の悪いくせなんです。ごめんなさい」
酒に酔った上での失態なら私だって数知れずある。だけど、素直に謝ることは少ないんじゃないかと思う。その失態の事実さえも覚えてないことがほとんどだから(笑)
顔のデカイ背の高い男性はいきなり自己紹介を始めた。
「自分は仲本といいます。名前は聞いてはダメでしょうか?」
そのときは正直もうどうでもよく、とにかく早く帰りたかったし、トイレに行きたかったので適当にうその名前を答えた。
~~~~続き・・・かけるかな・・・?~~~~
※この投稿記事はフィクションです。※
「ものすごくクールで、刃物のような雰囲気を持つ美女」
の美由紀、確かに美形でスタイルもよし。
女なら、皆嫉妬が多少入り混じった羨望の眼差しで見るだろうな、と思われる女。
しかし、実際は非常に涙もろく、羽毛布団のように温かい、許容量の広い人間だった。
一方私は・・・・
「銀縁ネガネをかけたひっつめ髪のお局さま」
そのまんまである。(笑)
ちなみに、私は経理担当。美由紀は、技術者や営業マンたちのサポートだった。
私が男性に声を掛けられないのはわかる。
だけど皆が美女と認める美由紀を、男性陣が誰も誘わなかったのは解せなかった。
※私のようなお局といつもつるんでいたからだという説もあったりする(苦笑)
にぎわう平日の居酒屋に、レディスデイだと知らずに男性客2人が入店してきた。
そのとき、店員の女の子がちらりとこちらを見た。
2人だけでテーブル席に座っているのは私たちだけ・・・
小さなテーブルではあるけれど、一応この席は4人掛けのテーブルだったのだ・・・。
「大変申し訳ありませんが・・・こちらの隣のテーブルを使わせて頂いてよろしいでしょうか?」
店員の女の子が言う。
私と美由紀は、早めに切り上げるつもりでいたので、「どうぞ」とこたえた。
店員の女の子が、ほんの少しだけ繋がっていたテーブルをずらし、男性客2人が座れるようにセットした。
「すみませんね、僕らみたいなでっかいおっさんがお邪魔して」
こちらに向かって一言断りを入れ席につくと、私たちと同じように
「とりあえず生!」
と、声を揃えて言ったのだった。
美由紀とまた、顔を見合わせてくすっと笑った。
「居酒屋に入るとなんで最初は皆同じこと言うんだろうね(笑)」
何杯かビールを呑み、私たちは泡盛を注文することにした。
私と美由紀は、ビールか泡盛しか呑まない。
美由紀は地元の人間だが、学生時代から数年間関東の都会で過ごしていた間に日本酒や焼酎の味を知り、すっかりハマってしまったらしいのだけど、地元に帰ってきたら都会では美味しかったはずの日本酒も焼酎も、まったく味わいのないモノになってしまったのだと言っていた。
その日は、私たち派遣会社の給料日直後だったので、ちょっとだけ高級な泡盛を注文しようか?
ということになり、思い切って『北谷長老』という泡盛の古酒を2合注文した。
空港や街のお土産屋さんで買うと、一本4000円ほどもする酒。
しがない派遣の私たちには、せいいっぱいの贅沢だ。
「なんか、渋いお酒注文しましたね?お好きなんですか?」
ほんの数十センチしか離れていない隣のテーブルに座っているさきほどの男性客が話しかけてきた。
「ええ、私たち泡盛好きなんです。ふだん安いのしか呑まないんですけどね」
「なんかたそがれオヤジみたいでかっこいいなぁ。僕らもたまに呑むんですよ、北谷長老美味しいですよね」
少し話してみると、男性客2人はかなりの酒好きで、色んな酒を呑み、それなりにウンチクもあるようだった。ウンチクを語りだすと長いのは嫌だけど、そんなふうではなかったので4人で少々話が弾み、いつの間にか4人で1升以上の酒を空けてしまうという始末・・・・(冷汗)
私がふと、
「大変!美由紀、こんな時間だよ。帰ろう」
というと、
「今日は楽しかったのでご馳走させてください」
と、隣の男性客が言った。
美由紀はいっしゅんとまどったような顔をしたが、私はきっぱり言った。
「ありがたいのですが、見ず知らずの方にご馳走になるわけにはいきません。自分の飲み食いしたぶんは自分で支払いしますのでお気持ちだけいただきます」
私は、いい年なのでそれが当然だと思っていたし、実際見ず知らずの人に酒をおごってもらうなんて経験はない。
すると、背の高い顔のデカイ男が私に向かって、
「可愛くない女だなぁ。あんた職場でも嫌われてるでしょ?俺も大っ嫌い。あんたみたいな女」
カッチーン★
「見ず知らずの方に好かれるほど気味悪いことはないですから。私もあんたみたいな初対面でデリカシーのない男は、ゴキブリよりも嫌いですよ。お互い意見があってよかったですね」
そういってにっこり微笑み、さっさと伝票を持って店を出た。
子どものころから男性の冷たい仕打ちには慣れている。だけど、クールそうに見えて、実は情に厚く、お人よしの美由紀は私のようにツンケンした態度はできない。地元ならなおさら、だろう。
私が会計を済ませて店の外に出ても、美由紀は中々出てこない。
どうしたんだろう?
私のせいでさっきの男に絡まれていないだろうか?
心配になり店の中に戻ろうかとしたら、さっきの男性客2人と美由紀が、にこやかに並んで出てきた。
美由紀がいつもの優しい物言いで、私の無礼を先に侘び、男性側2人も、自分達こそ酔っ払ってたせいで申し訳なかったと謝り、私にも謝りたいといって店を出てきたのだった。
美由紀のこういう大人なところを本当に尊敬してしまう。
にこにこと先ほどのことは何事もなかったように、背の高い顔のデカイ方の男性が私に向かって頭を下げた。
「さっきはすまなかった。酔って調子に乗るのは自分の悪いくせなんです。ごめんなさい」
酒に酔った上での失態なら私だって数知れずある。だけど、素直に謝ることは少ないんじゃないかと思う。その失態の事実さえも覚えてないことがほとんどだから(笑)
顔のデカイ背の高い男性はいきなり自己紹介を始めた。
「自分は仲本といいます。名前は聞いてはダメでしょうか?」
そのときは正直もうどうでもよく、とにかく早く帰りたかったし、トイレに行きたかったので適当にうその名前を答えた。
~~~~続き・・・かけるかな・・・?~~~~
※この投稿記事はフィクションです。※
ピーカンに晴れ渡った日というのは、実はあまり好きではない。
紫外線を含めて、様々なアレルギーがありそれが皮膚に一番強く出るからだ。
物心ついたとき、私のアトピーはけっこうひどいものだった。
両肘、両膝の内側と耳の付け根は、長年のステロイド軟膏使用のせいで黒ずんでいるし、、同じ場所が未だにストレスがmaxになり、そのことに気付けないでいるときや疲れがたまったとき、空気が乾燥した日が続くと激しい痒みと引きつるようなピリピリ感に襲われることがある。
それでも年間を通じて温暖で、湿った風が吹くこの南の町に越してきてからは随分と軽くなったと思う。
雨が降る直前の湿った地面の匂い
この匂いが好きだ。
私は、雨が降る直前のこの匂いを嗅ぐと、酒が呑みたくなる。
この匂いは、勝手に「でんでんむしの匂い」と呼んでいるが、
この「でんでんむしの匂い」がしてくると、ざわざわと心が騒ぎ、居ても立ってもいられなくなるのだった。
確か、その日はどピーカンに晴れていたが、夕方になって天気雨がドバっと降りだし、ほんの数分で止みまた肌が焦げ付くような西日が照りつけるような、夏によくある天候の日だった。南国の夏の日暮れは遅い。20時まえくらいに西海岸側のビーチへいけば、水平線に沈む大きなオレンジ色の夕陽を眺めることができる。そして、熱を持った地面の上を、気持ちの良い風が通り抜けていく頃やっと、夜の顔がちょろりと覗きだす。
こちらに来て数年が経ったが、私は相変わらず定職には就けず、産休代理の派遣で職場を転々としていた。
10代の頃にふざけて取った簿記の資格、車の運転免許(田舎育ちは18歳になると同時に免許を取らなければ、就職もできない)友人がインストラクターをしていたパソコン教室へ通いパソコン関連の資格をいくつかイヤイヤとったくらいで、履歴書に胸を張って書ける様な資格もないいい年の女がよその土地で生きていくのは決して楽じゃなかった。
(インストラクターにも色々あり、エンジニアクラスのインストラクターであっても友人の働いていた教室ではノルマがあった。何人か勧誘して、そのうち何人かはいくつかの資格試験に合格させなければならないという)
派遣先で知り合った美由紀は、私より4つ年下だったけれど、とても落ち着いた雰囲気の女性だった。
県外から一年間出向で来ていたメーカーのエンジニアたちがその派遣先には200名ほどいた。全員が男性だ。若いのから定年間際まで、よりどりみどり。出入りの業者さんたちも皆男性だった。一年間の期限付き、という足かせがあったせいだろうか?若い派遣の女の子と出向で来ていたエンジニアとの不倫コイバナが絶えない、そんな職場だった。
その職場で、私と美由紀の2人だけが、女性スタッフの中で喫煙者だったせいもあり仲良くなったのだった。
エンジニアの人たちはこちらに居る間特別手当がつくので、派遣の女性スタッフを誘ってよく就業後に呑みに行っていたらしい。
らしい、というのは、私と美由紀は、ほとんど誘われたことがなかったからだ(笑)
後から言われて知ったのだけど、私と美由紀は、人を寄せ付けないような雰囲気を醸し出していてとても誘いの言葉をかけられるような雰囲気ではなかったそうだ。同じ派遣の若い女の子たちからはよく誘われて呑んでたけどなぁ?まぁ男性が声をかけたくないような女ふたりだった、ということは間違いないと思う(笑)
美由紀と私は自宅がわりと近所だったこともあって、ふたりでよく呑んだ。
その日、よく行っていたチェーンの居酒屋はレディスデイで、料理もドリンクも(酒ボトルも)半額だという。私たちは、平日だというのに、お互い二日酔いだというのに、また西日が完全に沈む頃坂ノ下にある居酒屋へ繰り出したのだった。
レディスデイだけあって女性客が多い。
一度帰宅してシャワーを浴びてから出かけた私たちが入店した頃は、すでに満席に近かった。
それでも2人だけだったので小さなテーブル席に座ることができ、座って店員の女の子がおしぼりを差し出すと同時に二人揃って口を開いた。
「とりあえず生!」
ぷ!っと顔を見合わせて笑う。
酒好きなところも、酒の肴の好みも、呑むペースもよく似ていた。
続く・・かも・・?
紫外線を含めて、様々なアレルギーがありそれが皮膚に一番強く出るからだ。
物心ついたとき、私のアトピーはけっこうひどいものだった。
両肘、両膝の内側と耳の付け根は、長年のステロイド軟膏使用のせいで黒ずんでいるし、、同じ場所が未だにストレスがmaxになり、そのことに気付けないでいるときや疲れがたまったとき、空気が乾燥した日が続くと激しい痒みと引きつるようなピリピリ感に襲われることがある。
それでも年間を通じて温暖で、湿った風が吹くこの南の町に越してきてからは随分と軽くなったと思う。
雨が降る直前の湿った地面の匂い
この匂いが好きだ。
私は、雨が降る直前のこの匂いを嗅ぐと、酒が呑みたくなる。
この匂いは、勝手に「でんでんむしの匂い」と呼んでいるが、
この「でんでんむしの匂い」がしてくると、ざわざわと心が騒ぎ、居ても立ってもいられなくなるのだった。
確か、その日はどピーカンに晴れていたが、夕方になって天気雨がドバっと降りだし、ほんの数分で止みまた肌が焦げ付くような西日が照りつけるような、夏によくある天候の日だった。南国の夏の日暮れは遅い。20時まえくらいに西海岸側のビーチへいけば、水平線に沈む大きなオレンジ色の夕陽を眺めることができる。そして、熱を持った地面の上を、気持ちの良い風が通り抜けていく頃やっと、夜の顔がちょろりと覗きだす。
こちらに来て数年が経ったが、私は相変わらず定職には就けず、産休代理の派遣で職場を転々としていた。
10代の頃にふざけて取った簿記の資格、車の運転免許(田舎育ちは18歳になると同時に免許を取らなければ、就職もできない)友人がインストラクターをしていたパソコン教室へ通いパソコン関連の資格をいくつかイヤイヤとったくらいで、履歴書に胸を張って書ける様な資格もないいい年の女がよその土地で生きていくのは決して楽じゃなかった。
(インストラクターにも色々あり、エンジニアクラスのインストラクターであっても友人の働いていた教室ではノルマがあった。何人か勧誘して、そのうち何人かはいくつかの資格試験に合格させなければならないという)
派遣先で知り合った美由紀は、私より4つ年下だったけれど、とても落ち着いた雰囲気の女性だった。
県外から一年間出向で来ていたメーカーのエンジニアたちがその派遣先には200名ほどいた。全員が男性だ。若いのから定年間際まで、よりどりみどり。出入りの業者さんたちも皆男性だった。一年間の期限付き、という足かせがあったせいだろうか?若い派遣の女の子と出向で来ていたエンジニアとの不倫コイバナが絶えない、そんな職場だった。
その職場で、私と美由紀の2人だけが、女性スタッフの中で喫煙者だったせいもあり仲良くなったのだった。
エンジニアの人たちはこちらに居る間特別手当がつくので、派遣の女性スタッフを誘ってよく就業後に呑みに行っていたらしい。
らしい、というのは、私と美由紀は、ほとんど誘われたことがなかったからだ(笑)
後から言われて知ったのだけど、私と美由紀は、人を寄せ付けないような雰囲気を醸し出していてとても誘いの言葉をかけられるような雰囲気ではなかったそうだ。同じ派遣の若い女の子たちからはよく誘われて呑んでたけどなぁ?まぁ男性が声をかけたくないような女ふたりだった、ということは間違いないと思う(笑)
美由紀と私は自宅がわりと近所だったこともあって、ふたりでよく呑んだ。
その日、よく行っていたチェーンの居酒屋はレディスデイで、料理もドリンクも(酒ボトルも)半額だという。私たちは、平日だというのに、お互い二日酔いだというのに、また西日が完全に沈む頃坂ノ下にある居酒屋へ繰り出したのだった。
レディスデイだけあって女性客が多い。
一度帰宅してシャワーを浴びてから出かけた私たちが入店した頃は、すでに満席に近かった。
それでも2人だけだったので小さなテーブル席に座ることができ、座って店員の女の子がおしぼりを差し出すと同時に二人揃って口を開いた。
「とりあえず生!」
ぷ!っと顔を見合わせて笑う。
酒好きなところも、酒の肴の好みも、呑むペースもよく似ていた。
続く・・かも・・?





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