てぃーだブログ › 覆面母さん、今日も行く!
深夜、私は近所を徘徊します。

名付けて「ご近所ハイカイザー」(笑)



いや、きれいごと言いたくないんですが、ちょっと家庭環境に問題ありそげな感じの子どもがいて、それが次女の友だちだったりして黙って見過ごせないとこもありまして。。。。


今日もさっき、ひとり捕獲しましたです。

まだ中学二年生の女の子です。
私がターゲットにしてるのは、女の子だけ。

身体はともかく、精神的にはまだ幼い女の子が、望まない妊娠や望まない性行為で傷つくことだけは耐えられない、というのが私の考えで、誰かに頼まれたわけでもなく、勝手に私がしてるだけなんですが。


たぶん16~18歳くらいの男の子数人と24時間営業のうちの近所のスーパーの前にいました。たむろするんですよね、こういうとこって。所詮行き場のない子どもたちのすること。しかたないですね。


「ゆうか(仮名)、あんた何時かわかっとんの?さっきママから電話あったよ?」

と最初は優しく?声をかけた。

「あ~・・・いいよ、ウチのはほっといて」

投げやりな返事をしたゆうか(仮名)。

「ほっといていいじゃなくて、こんな時間にうろうろしとったらあんた補導されるし明日も学校あるやろ?帰ろうね?」

「わかったわかった。もう少ししたらかえるよ」

そんなん誰が信じるかい(笑)

最近、彼女のお父さん(私より年下w)が再婚して、赤ちゃんが産まれたのを私は知っていた。彼女の実のお母さんも再婚してしまって、彼女は行き場がなくなってしまったということも・・・・・。


「ゆうか(仮名)、今日はもう遅いしうちにおいで^^あんたタバコくさいよ」

「おばさんだってタバコ吸ってるじゃん・・・」


「わたしゃ成人してるし自分の稼ぎでタバコ吸って酒呑んでんの。あんたと一緒にすんな。つべこべいわんと帰るよ!」

ゆうか(仮名)は、一緒にいた男の子のバイクにまたがって「どっか連れてって。この人ウザイ」と言った。



そんなもん茶トラン母ちゃんは黙って見過ごしません。


ゆうか(仮名)の細い腕をひっつかんで、バイクから引きずり降ろし、ひっぱたいて自宅に連れて帰ってきました。
一緒にいた男の子たちは呆然としています。
そんなもん放置です。

この子とはもう4年越しの付き合いなんで、慣れたもんです。


腕力で私に勝とうなんて100万年早いわwww


説教なんてめんどくせーことはしません。
問答無用で家に連れ帰ったあとは、タバコくさい身体をまずシャワーで洗い流します。泥んこのネコを洗うように、ガッシガッシ洗います。


「反抗するなら命がけでとことん歯向かって来い!
 そのかわり腕力で私に勝てるようになってからやで!」


と、いつも私はいいます。


シャワーを浴びさせたあとは、食事です。
あったかい食事を拒否していたであろう、というのは最近の彼女の肌の荒れ具合を見ればわかります。だまって温かいごはんを食べさせます。お残しは許しません。


温かいごはんを食べると、人間不思議と落ち着きますね^^
落ち着いたら、今度は、問答無用で抱っこします。
嫌がって暴れても、抱っこします。

こんなんうっとおしいババアでしかないでしょう。
抱きしめられることすら、ウザイことでしかないでしょう。
逆らうのに疲れたから無抵抗になっただけでしょう。
理由なんてないでしょうね。


それでもいいんだよ。


おばちゃんはいつもここにいるよ^^
ごはんはいつでも用意しとくよ^^
家に帰りたくないときはうちにおいで^^

まぁ来れないときもあるだろうけどね・・(苦笑)


つい先日も、自宅で隠れてタバコを吸っていたのがバレて、父親にひっぱたかれて家を追い出され、深夜次女の携帯に電話してきたのを知っていた私、寝ぼけ眼で電話を取った次女が言った。


「ママぁ・・・ゆうか(仮名)今からうち来てもいいよね?」


うちはいつも玄関の鍵は開けておく。


これは、今、彼女のためにしていることだ。
絶対に食料だけは切らさない。温めればすぐ食べれるものを常備しておくのは、バラバラに食事をする我が家の娘たちのためだけでなく、ゆうか(仮名)がいつ来てもいいように・・・だ。


いいんだよ。
居場所がない子どもの、一時だけの居場所でいいんだよ。
おばちゃんはうっとおしい怖いおばちゃんでしかない。
あんたらにはウザイだけでしょう。当然だよ。
嫌がられるの、嫌われてるの解ってわざとしてるんだから。


それでもいいの。


外が寒かったら、
おなかがすいたら、
遊び疲れたら、
家に居たくなかったら、


ここにおいで。



おばちゃんはいつもここにいるよ。
何があっても逃げないからね。


外で偶然会ったとき、そういうときは必要以上に声はかけない。
だけど、彼女が声をかけてきたときは、買い物途中でも気が済むまで話す。ウチのあんぽんたん娘たちと話すときと同じように・・・。


腹くくって立ち向かう大人がいなけりゃ子どもたちの居場所がなくなるのは当然でしょ。甘ったれてるなんて子どもたちを責める前に、大人がするべきこともあるだろう?


現在ゆうか(仮名)は、またまた私にひっぱたかれて、抵抗することをあきらめ、とりあえずおなかいっぱいになり、ブカブカの私のTシャツ着て、いびきかいて寝てますw


あれだけナマイキなこと言っといて、寝顔は赤ちゃんのままなんよね^^
バカ娘がひとりやふたり増えたってうちは何も変わらんしね。


さて、むすめーずの隙間に潜り込んで寝ましょうね^^

耐えられない

2008年10月09日

Posted by 茶トラン at 23:22 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 暴走する妄想
子どものころからマンガ大好き。
テレビや音楽はなくても平気だけど、マンガがない生活ってのは耐えられない。

最近は脳みそ使うのがいやなので、文字だけの本はめったに読まなくなった。

いろんなジャンルにはまってきたけど、最近はわりと固定してるかも。


ネコが出てくるマンガは絶対読む(笑)

ずっと好きなのはノンフィクションもの。戦争もの。(争いごとは大嫌いだけど・・)

高くて買えない写真集は、職場の資料室で借りてみる。


好きな本の話で一番盛り上がれる人間、

似たようなヲタク魂を持っている人間、というのが、私の場合長女だ。

けんかばかりしてるけど、意外なもんで。

親子だから似ているのは当たり前と言われるかもしれないけど、オタクであればあるほど、自分の好きなジャンルに対するこだわりが強く、ぶつかり合ったりするもの、らしい。でも、最近はなんとなくお互いの好みの中間点?のジャンルの話で盛り上がれることが多い。


オタク



なんて美しいひびき・・・あぁ・・・うっとり


こうしてアホ親子の夜は更けてゆくのでした。



タグ :オタク

フラッシュ・バック

2008年09月30日

Posted by 茶トラン at 00:38 Comments( 1 ) TrackBack( 0 ) 暴走する妄想
すごく久しぶりにコミックの新刊を買った。

基本スタイルは育児エッセイマンガで、10年ほども連載が続いている。
そしてところどころに夫とのノロケ話が満載なマンガ。

私は、男性でも女性でも堂々とノロケ話をする人が大好き。
自分が好きな人がいるときも、堂々と人が呆れるくらいノロケるw

なので、そういう話はいつでも聞きたいし見たい。
根暗で僻みっぽい私が、人のノロケ話を見聞きしているだけでなんとなくゆる~い微笑ましい気持ちになれるんだから不思議★



今日買ったエッセイマンガの最後には、短い書き下ろしのページがあった。
そして、最愛の夫と別居していると近況が描かれていた。


最愛の夫と別居に至るまでの経緯を読んでいて、少々フラッシュバックのような感覚に陥った。

今日読んだ書き下ろしのエッセイマンガは、著者が仕事で県外に行っていたとき、ふだんは使用しない携帯のテレビ電話を使用してわざわざかけてきたことが怪しいと夫が言い出したことから始まっていた。そして、そのときそばに誰がいたのか、何時まで打ち上げをしていたのか、泊まっているホテルの部屋に行きたいと言う男がいたんじゃないのか?というようなことを言って著者の夫がネチネチと責める・・・という話だった。




私の場合、彼とは一緒に暮らしてはいなかったけど、子持ちの私の生活のリズムはだいたい決まっていて、彼もそれを知り尽くしていたと思う。また彼も、淡々と日々を過ごすことに疑問を感じていなかったように見えたし、そういう平凡な部分に惹かれていたのだからそれでいい、とも思っていた。


お互い別々の生活をしていても、まめに連絡を取り合ってしょっちゅう会っていた私たちは、そのリズムに慣れすぎていたんだろうな。と今は思う。


どちらかの都合で一緒に過ごすはずだったときに会えなくなった場合、私の行動はワンパターンである。



家で酒呑んで、DVD見ながらor本読みながら寝る



いつもこれです。恥ずかしいくらいワンパターンですww

週末はたいてい娘の友だちが家に泊まりにきていて、子どもたちのごはんさえ作っておけば後は勝手にゲームしたりテレビ見たりしているので私の出番はない。大人に干渉されるのを嫌う年代の娘たちに、必要以上にかまわないのがマナーってもんでしょうよ。

だからといってよほどのことがなければ特にわざわざ出かけたりもしない。
基本出不精(デブ性)でめんどくさがりなので・・・


そういうとき、思いがけず早く寝てしまうこともある。
メールや電話の着信にさえ気付かずに・・・


私は、眠ってしまって着信に気付かずにいたときは、目が覚めたらすぐに謝罪のメールを入れていた。

「見え透いたうそをつくな!ほんとのことを言って謝るまで連絡してくるな!」

という怒りの返信が来たことが何度かあった。
そして別れ話を持ち出すのは彼のほう。

こんな言い方をされて冷静でいられるほど出来た女じゃない。

当然反論し、勝手にしてくれ!となる。そして放置。


その後は、私から折れることもあったし、彼が折れることもあった。
そういうもんだと、こういう人なんだと、自分がもっと大人にならないといけないんだとそのたびに反省?していたけれど、何度か同じことが続いたとき、理不尽さに切れた私は、彼からの電話を一切取らないことがあった。


頭を冷やそう、冷静になろう、という意味もあったが、もうこのまま終わりにしたほうがお互いラクになれる・・・とも思っていた。



そういうとき彼の頭の中では、

「自分の知らないところで知らない男と遊びまわっている」

という脳内妄想が暴走していて、ふたりで楽しく過ごせるはずの少ない時間のほとんどを、彼に尋問されるだけで終わってしまうというようなことがたびたびあった。


とにかく、酔っていても酔っていなくても、彼に問い詰められたときは、泣きたくなる様な気持ちを抑え、ひたすら淡々と聞かれたことに答えるよう勤めた。しかたない、こういうものなんだ、と自分に言い聞かせた。


「男に誘われたらついていくだろう?お前はそういう女だよ」

「この間の夜、ほんとはどこに行ってたんだ?こそこそ出かけてるんじゃないのか?」

「なんか黙って夜出かけてる形跡があるんだよな~怪しい」


というようなことをときどき言われていた。
なんだか今思うと、ずいぶんな言われようだな・・・と思う。


こういうときは、
耳をふさぎ、目を閉じて、口をつぐんだ。
それ以外思いつかなかった。


「じゃあ俺が誘ったときなんでついてきたんだ」


と言われれば、あなたを好きになったからだよ、としか答えられない。

それ以外の理由があるの?

好きな人間にはそのように接する、意思表示をする。
自分の気持ちに素直になっただけで、誰でもよかったわけでもなんでもないよ。


常にそのことだけは言葉で、態度で伝えてきたつもりだ。


通じないんだな、もういいや、と思ったときから、


同じ事を仕返してやろう
自分がされて嫌なこと、言われて嫌なことをしてやろう
思いつく限り、とことん嫌な女になってやろう


と心に決め、ときに重箱の隅をつつくようなことでネチネチと彼を責めてみた。


どういう反応をするのか見たかったから。


予想通り、彼は激しい怒りの感情をあらわにし、切れた。


この人は・・・
自分がされて嫌なことを平気で人にできる人なんだ・・・・。


だけど束縛はしたい、支配したいんだ・・・

元夫とまるきり同じだな・・・


私の脳みそと心の中で、完全に「不要な人」カテゴリに入った瞬間。






完全に別れを決めたとき、一瞬で冷めてしまったのか、と思っていたけど、実は小さな小さな積み重ねがあって彼のことをまったく信じられなくなってしまったから、脳みそも心も、もうダメだと判断したんだなぁ・・と気付いた。


そして最後の最後まで、ひとかけらでもいいから彼の私に対する誠意や愛情のようなもの・・を見つけたくて、もがいてすがりついていたんだな、と少し寂しい気持ちにもなった。



そういえば

2008年09月27日

精神的にちょっと切羽詰っているとき、参っているとき、


そんなときに限って追い討ちをかけるような酷いことを言ってくる・・・





それが(元)彼だったなぁ~(笑)


「俺はいつもお前のことを最優先に考えている」

「本当のお前を誰よりも知っているのは俺、支えてやれるのも俺しかいない」


が決め台詞だったけど。



誰か笑ってツッコミ入れてちょーだい!(笑)

ママが寂しいとき

2008年09月26日

Posted by 茶トラン at 00:18 Comments( 3 ) TrackBack( 0 ) 子どもたち
先月、私をこの世に産んでくれた人(実母)が亡くなった。

60歳をほんの少し超えたばかりで、自殺したのだった。


年に一度くらい電話で話す父から、実母の余命はそれほど長くない、会いにいってやれと言われてはいたのだけど、めんどうなのと経済的な理由でずっと放置していたのだ。とうとうダメだ、という日の明け方、父親から連絡があり、一番早い便に乗って5年ぶりにひとりで生まれ故郷に行った。


アルコールに溺れ、すっかり身体を壊し、ひどい認知症のような症状も出ていたそうだ。
入院していたその病院の中で首つりをしたらしい。


「痴呆もひどいようだったけど、まさか自殺するなんて・・・」


病棟の看護師さんたちも寂しそうに言っていた。


私が到着したときに見た実母の風貌は、「すでに死んだ人」そのものだった。


意識もなくすでに青黒く変色した皮膚、身体全体がむくんだような初老の女のそばには、実母の再婚相手の男性と、その間に出来たという4人の子どもたちがやりきれないような顔をして実母を囲むようにして立ち尽くしていた。
遅くに再婚した実母の一番下の子どもは、まだ未成年だった。

私を産んだ人(実母)は、私が6歳、兄が8歳の夏、ふと消えてしまった。
それきり30年以上も会っていなかった。

10数年ほど前、父親から「お前の母親は死んでるぞ」と聞かされ、思い出すこともなかった私は、唐突になにをいうんだろうこのひとは・・・としか思わなかったし、それを信じていた。どこに墓があるのかも、聞かなかった。


実母がいなくなったその夜、父と愛人関係にあった女が家に来て、すぐに一緒に暮らすことになった。その女は、子どもの私が見てもわかるくらいにおなかが大きく、すぐに腹違いの弟が生まれた。

すぐに父は弟を認知し、その女と再婚したので、戸籍上「親がいない子ども」という立場になったことは一度もない。そのことをありがたいと思ったこともなかった私は罰当たりだろうか。


ただ私は、養護施設や数少ない親戚の家を転々として暮らしていて、ひとつの場所に落ち着いて暮らすという習慣がなかったせいか、どこへいっても眠れるしすぐに馴染んでしまう。


実母の再婚相手だという男性は、気の良さそうな人で、アルコール性痴呆になってしまった実母の看病をずっと続けてきたのだと言って涙ぐんでいた。
痴呆の症状が進むにつれ、昔離婚したときに置いてきた私と兄のことをよく話すようになったらしい。


その話を聞いても、まったくぴんとこず、ただ黙って話を聞いていた。

数時間後、心配停止を告げる機械の音がして医者が部屋にいる全員に確認するよう促す。


嗚咽をもらす実母の夫、声を上げて泣き出す子どもたち・・・


あぁ・・この人は最後の時はひとりぼっちでなかったんだな
よかった・・・


と、なぜかとても救われたような気持ちになった。


思い出話をする家族の中、いたたまれない気分だった私は、あらかじめ用意していた香典を差し出し


「すみませんが・・・私も子どもたちが待っていますし仕事がありますので失礼します。呼んでいただいてありがとうございました」


と言って部屋を出た。

病院の近くから地下鉄に乗り、途中私鉄の特急に乗り換え、ぎりぎり間に合った最終便で沖縄に戻った。
滞在時間は5時間くらいだったかな・・・


暗くなった頃家に着き、娘たちに今日の出来事を話す。

「え・・ママにお母さんがいたの???」


娘たちは、私には母親はいないと思っていたのだ。
私は一切自分の生まれ育ちのことを娘たちに話さないから・・・

父の再婚相手とは、15歳のとき家を出てから会っていない。
父親とも5年に一度くらい1時間程度しか会わない。


「ママだって人間なんだからさ、木の股から産まれたわけじゃないんだよ(笑)」




軽口を叩きながらいつもどおり遅い夕食の準備を始める。


次女が唐突に言う。


「私はパパがいなくてもママがいるから・・・・寂しいときがあってもママがいるから・・・。でもママには誰もいないよね。ママは・・・ママが寂しいときは誰がママを抱っこするの?」



少し涙ぐんで首をかしげる次女の姿を見て思わず涙ぐむ親ばかおばさん。



「ママはね、あんたたちがいるから寂しくないんだよ。ひとりじゃないからね^^」



心配そうに覗き込んでいた次女は涙を流しながら抱きついてきた。


「これからママが寂しいときは私がママを抱っこする!

  ママが小さい頃いつもしてくれたみたいに・・・・・」


抱きしめた次女の身長が、私とそう変わらないくらいにまで伸びていることに驚いた。








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